長編一覧へ戻る

長編

放課後の着信

放課後の雑談から始まるのは、卒業した先輩の名前でかかってきた不可解な電話と、あの夜ほんとうに怖かったものの正体をめぐる一話完結の怪談。

Genre
学園ホラー
Series
jk
#女子高生#放課後#通話#足音#反転

第1章

「ねえ、帰る前にひとつだけ怖い話してよ」

ホームルームのあと、誰もいなくなりかけた教室で、そんなことを言われた。
窓の外はもう暗くなり始めてて、部活の声も遠い。机をくっつけてだらだらお菓子食べて、スマホ見て、誰からともなく「今週なんかあった?」みたいな話になって、その流れだった。

「やだよ。今日ひとりでお風呂入れなくなるじゃん」
「もう高二でしょ」
「高二でもやだわ」
「ていうか、あんたこの前“マジで笑えないやつあった”って言ってたじゃん」
「言ってた」
「それそれ」
「絶対盛ってるやつ」
「盛ってないって。だから話したくないんだって」

そう言ったのに、結局みんな身を乗り出してくる。
こういうときの空気って、断ると逆に負けみたいになるからずるい。

「じゃあ、ほんとに最後まで聞いてよ」
「聞く聞く」
「途中で茶化さないでよ」
「たぶん無理」
「無理でも黙る努力はして」

私は空になった紙パックを潰して、机の端に置いた。

「これ、先月の話。テスト前で部活も早く終わって、私、資料室の鍵返す係だった日があったの」

そこからは、いつもの放課後だった。
少なくとも、最初は。

第2章

うちの校舎って、職員室の奥に小さい準備室みたいなのが何個かある。
プリントの予備とか、文化祭で使った備品とか、よくわかんない昔のファイルとか押し込まれてるやつ。私はそのひとつに行って、委員会で使った書類を戻してた。

時間は六時ちょい前くらい。
廊下の電気はついてるけど、人は少ない。遠くでバスケ部のボールの音がしてて、たまに先生が早足で通る。それだけ。

別に怖くもなんともない。
むしろ、その日はちょっと機嫌よかった。テスト範囲でヤバいとこ、友だちが写真送ってくれてたし、帰りにコンビニ寄って新作のアイス買おうと思ってたし。

で、書類を棚に戻してるとき、スマホが鳴った。

画面には、卒業した先輩の名前が出てた。

え、と思った。
その先輩とは、部活でちょっとだけお世話になったことがある。面倒見がよくて、でも変に距離近い感じじゃなくて、みんなから好かれてた人。卒業してからも、たまにストーリーに反応くれるくらいの関係はあった。

だから最初は普通に出た。

「もしもし」

ちょっとの無音のあとで、声がした。

『まだ校舎にいる?』

「え、いますけど」

『ひとり?』

聞き方が妙だった。
でも声自体は、たしかにその先輩に似てた。少し低めで、早口じゃない感じ。

「いや、校舎にはまだ何人かいます」
『そうじゃなくて、今、その部屋にひとり?』

なんで準備室にいるってわかるんだろ、と思った。
けど、準備室の扉は開けっぱなしだったし、たまたま通ったのかもって、そのときは本気でそう思った。

「ひとりですけど」
『じゃあ、書類置いたらすぐ出て。廊下、右じゃなくて左ね』

「え、なんでですか」
『いいから。早く』

そこで電話、切れた。

ほんとに変だったけど、私はそこまで深く考えなかった。
先輩、たぶん誰かとふざけてるんだろうな、くらい。実際、校舎ってそういうちょっとした悪ノリ起きやすいし。

で、言われた通り左に出た。
そしたら、右の廊下のほうから、台車を押した用務員さんがすごい勢いで曲がってきた。もし右に出てたら、正面でぶつかってたと思う。

「なにそれ、ただ親切じゃん」
「いや、そこまではね」
「まだ前菜?」
「そう。全然前菜」

私は続けた。

そのあとも、その番号から何回か電話がきた。
毎回、放課後。六時前後。出ると、先輩の名前がついてるくせに、内容はだいたい変だった。

『今日、階段使わないほうがいいよ』
『今、後ろから先生くるからスマホしまって』
『昇降口、混んでるから三分待って』

そんなのばっかり。

しかも、言われたことが毎回当たる。
階段を避けた日は、下で掃除用のバケツひっくり返ってて通れなくなってたし、スマホをしまった次の瞬間に生活指導の先生が来たし、昇降口で待った日は、外で自転車同士がぶつかって一瞬ごちゃついた。

「それ、盗み見されてるだけでは?」
「最初は私もそう思った」
「誰かが近くにいるってこと?」
「そう。だからちょっとイラついてた」

私はそのうち、先輩本人にメッセージを送った。
この番号から電話来るんですけど、って。

そしたら返信がきた。

『え、前の番号まだ消してなかったんだ。もうそれ使ってないよ』
『ていうか、今ちょっと怖いんだけど』

そのスクショ、まだある。
本物の先輩はその番号を卒業前に解約してた。

そこでやっと、あ、これ気持ち悪いかも、ってなった。

でもさ。
気持ち悪いくらいで、生活って止まらないじゃん。
テスト前だし、課題あるし、友だちとの約束もあるし、親には早く帰れって言われるし。怖い話って、実際に自分の身に起こると、意外と「面倒」が勝つんだよね。

だから私は、着信拒否した。

それで終わると思ってた。

第3章

終わらなかった。

着信拒否した次の日、今度は非通知でかかってきた。
出なかったら、またすぐ鳴った。三回目で折れた。

「……もしもし」

『なんで切るの』

やっぱり、あの先輩に似た声だった。
でも前より近い。耳元でしゃべられてるみたいに近い。

『今どこ?』

「教えません」
『教えなくてもわかるよ。視聴覚室の前でしょ』

その瞬間、背中が冷えた。

私はほんとに、視聴覚室の前にいた。
文化祭の打ち合わせで使った延長コードを返しに行って、ちょうど廊下に出たところだった。近くに人はいなかったし、窓ガラスに映る範囲にも誰もいなかった。

「誰ですか」

それ、初めて口にした。
いたずらだとしても、もう笑えなかった。

電話の向こうで、少しだけ息を吸う音がした。

『私のことはいいから、今すぐ階段じゃなくて渡り廊下のほう行って』
「だから、なんで」
『いいから。下を見ないで歩いて』

私は動けなかった。
動きたくない、のほうが近いかも。言われるほど嫌な予感がして、足が床にくっついたみたいになった。

そのときだった。

廊下の奥で、上履きの音がした。

ぺた、ぺた、って、変な歩き方の音。
走ってるわけじゃない。普通に歩いてるだけ。なのに妙に遅くて、でも確実にこっちへ来る感じだけはわかる。

視聴覚室の前の床って、ワックスが強くて少し反射するんだけど、私は反射を見ないようにした。電話で下を見るなって言われたのが、急に本気の命令みたいに思えてきたから。

『そのまま。振り向かないで』

声が少し強くなった。

『三歩まっすぐ行って、右』
『そのあと窓際を歩いて』
『止まらないで』

私は、半分泣きそうになりながら従った。
自分でも意味わかんない。でも、その電話の声以外を信じたらだめな気がした。

歩き出すと、後ろの上履きの音もついてきた。

ぺた。
ぺた。
ぺた。

私が速くなると、向こうも少しだけ速くなる。
でも絶対に追い越してこない。一定の距離で、まっすぐ後ろをついてくる。

渡り廊下に出たとき、ガラス窓に夕方の色が貼りついてて、その向こうに自分の影が薄く映った。
影はひとつだった。
たぶん。
たぶん、ひとつだったと思う。

『そのまま昇降口まで』
「無理、もう無理」
『泣かないで』
「泣いてないし」
『じゃあ、あと少し』

その言い方が、妙に普段っぽくて、そこが逆に怖かった。
いたずら電話のはずなのに、ほんとに私を落ち着かせようとしてるみたいで。

昇降口の手前で、急に電話の向こうが静かになった。
音が消えた、というより、周りの空気ごと引いた感じ。

『靴を履いたら、外に出て。そのあとで初めて後ろ見ていい』

「……うん」

『でも、鏡は見ないでね』

最後だけ、すごく小さい声だった。

そこで通話が切れた。

私はローファーを雑に履いて、ほぼ転びながら外に出た。校門の近くに人が見えた瞬間、膝から力が抜けそうになったのを覚えてる。
で、外に出てから振り向いた。

誰もいなかった。

昇降口にも、廊下にも、上履きの音を立ててたはずの何かは、どこにも。

「いや、それ一番やばいじゃん」
「でしょ」
「先生に言った?」
「言ったよ。でも誰も信じないっていうか、信じようがないじゃん」

防犯カメラは昇降口の外しか映ってなくて、私が飛び出してくるところだけ残ってたらしい。
中は確認できなかった。
友だちには“疲れてたんじゃない”って言われたし、母親には“スマホ見すぎ”って言われた。まあ、そう言いたくなる気持ちもわかる。

でも、その話はそこで終わりじゃなかった。

第4章

二日後、私はなくしたと思ってた古いスマホを見つけた。

去年の冬に失くして、たぶんどっかで落としたんだろうなって諦めてたやつ。学校の備品棚の奥、文化祭で使った布の箱の下から出てきたって、先生が職員室で渡してきた。

見た瞬間、変な汗が出た。
ケースに貼ってたシール、そのままだったから。

電源は当然切れてた。
なのに、触ると少しだけ温かかった。

職員室じゃさすがに開けなくて、家に帰ってから充電した。
親には「え、なつかし」って笑われたけど、私は笑えなかった。あの非通知のことを思い出してたから。

起動して、まず見たのは通話履歴だった。

最後の発信が一件だけ残ってた。

日時は、あの夜。
ちょうど私が視聴覚室の前にいた時間。

発信先は、今の私の番号。

ほんとに意味がわからなかった。
去年なくしたスマホなのに、どうして先月の履歴があるのかもわからないし、どうして私の今の番号に発信してるのかもわからない。

しかも、その通話には自動録音が残ってた。

私はかなり迷ってから、それを再生した。

最初に入ってたのは、雑音だった。
布が擦れるみたいな音。息。遠くで金属が鳴るような、細い音。
それから、女の子の声。

『もしもし、聞こえる?』

私の声だった。

完全に同じ、とまでは言えない。
でも、寝不足の日の自分の声とか、風邪ひいたときの録音とか、そういう“ちょっと違うけど自分”の範囲じゃなかった。もっとはっきり、私だった。

録音の中の私は、ひどく息を切らしていた。

『いい、振り向かないで』
『下を見ないで』
『ガラスもだめ』
『そっちは、私じゃないから』

そこで、がつん、と何か重いものが録音のすぐ近くに落ちた音がした。
私は思わず停止しそうになったけど、指が動かなかった。

続けて、もうひとつ声が入った。

それも、私の声だった。

でも、電話越しじゃない。
もっと近い。録音してるスマホのすぐそばでしゃべってるみたいな距離。

『見て』

ぞっとした。

録音の中で、息を切らしたほうの私が泣きそうな声で言う。

『見ないで』

それで終わりだった。

録音時間は三十七秒。
それ以上は何も入ってなかった。

私はそのスマホをそのまま机に置いて、一晩、触れなかった。

翌朝には電源がまた落ちてた。
充電コードは刺さったままだったのに。

第5章

「……で、それ、今持ってるの」

教室で誰かが小さい声で聞いた。

私は首を振った。

「無理。次の日、先生に渡した」
「えら」
「えらくないよ。持ってたくないもん」
「録音は?」
「消してない。というか、消そうとしても画面固まって無理だった」

しばらく、みんな黙った。
さっきまでお菓子の袋でうるさかった机の上が、急に静かになった。

「じゃあさ」
ひとりが言った。
「電話してきたの、怖いほうじゃなかったってこと?」

私は少し考えてから、うなずいた。

「たぶんね」
「助けてくれてたんだ」
「たぶん」

たぶん、ばっかりだ。
でもそれしか言えない。

あの夜、私の後ろを歩いてたものが何だったのか。
どうして古いスマホがあんな場所から出てきたのか。
録音の中で“見て”って言ってた、あの近いほうの私の声が何なのか。

何ひとつ説明できない。

ただ、ひとつだけ確かなのは、私はあの電話がなかったら振り向いてたってことだ。
たぶん最初のぺた、の時点で。
気になって、絶対に見てた。

そしたらどうなってたのかは、今でも考えないようにしてる。

「ねえ、じゃあもう怖い話終わり?」
「終わり終わり。ほら、帰ろ」

わざと軽く言って、私は鞄を持った。
ほんとは、この話にはまだ続きがある。

でも、それは言わないでおこうと思った。

あの古いスマホを先生に渡した日の夜、机の上に置いてた私の今のスマホに、一件だけ通知が来た。
登録してない番号からのメッセージで、本文は一行。

『今日はちゃんと前だけ見て帰って』

すぐに開いたのに、もう表示されなかった。
履歴にも残ってなかった。

だから私は、その日から帰り道でガラスに映る自分をあまり見ない。
駅の窓も、店の扉も、夜の黒い画面も。
別にずっと何かが映るわけじゃない。
ふつうの日のほうが多い。

でも、たまに、信号待ちでスマホを暗くしたとき。
自分の肩の後ろに、もうひとつ顔があるような気がする日がある。

そのたびに、私は反射的に前を向く。

だって、あのときの私は、ちゃんと助けてくれたから。
なのにもし今度、もうひとりのほうが先に「見て」って言ったら。

私はちゃんと、無視できる自信がない。