短編
赤い夕暮れ
夕焼けの道を歩く少年が思い出した、自分の“前の人生”。
その日、小学四年の冬馬は、一人で夕暮れの道を歩いていた。家から少し離れた古い神社の裏手、子どもたちの間では“行ってはいけない”とされている小道だ。
親には「図書館に行く」と言って出てきたが、目的はなかった。ただ、最近、どうしてもこの道が気になって仕方なかったのだ。
木々の間から差し込む夕日が、やけに赤かった。
風もないのに木の葉が舞い、耳元で誰かが囁いたような気がした。
「おかえり」
冬馬は立ち止まった。
ここに来るのは初めてのはずなのに、景色が懐かしかった。苔むした石段も、古びた鳥居も、遠くに見える海のきらめきも。
足が自然に動き、奥へ奥へと進んでいく。
やがて、朽ちた祠の前にたどり着いた。屋根は崩れかけ、扉は半ば開いている。中には、何かを模した木彫りの像が、ひっそりと立っていた。
冬馬はその像を見た瞬間、激しい頭痛に襲われた。
赤い――赤い景色。
自分は、この道を走っていた。必死で。後ろから、誰かが追ってくる。悲鳴。焼けた空気。誰かが炎に包まれている。
「……あれ……知ってる……」
冬馬は口に出していた。
目の前の像が、突然、首だけをこちらに向けた気がした。
そして、声がした。
「また、戻ってきたのね」
振り向いても誰もいない。
だが、頭の中に映像が流れ込んでくる。
昭和の終わり頃、ある村で火事があった。一人の少年が、村人たちに“悪霊の生まれ変わり”として祀られ、火の中に投げ込まれた。少年は泣き叫び、最後まで助けを求めた。
その少年の名前が――冬馬だった。
「……え?」
記憶がつながった。今の“自分”ではない、“前の自分”が、確かにこの場所で死んだ。
祠の中の像が、ゆっくりと、笑ったように見えた。
冬馬は後ずさりした。
だが足元には、いつの間にか何本もの“手”が伸びていた。土の中から、白く細い腕が祠のまわりを囲むように生えている。
「迎えに来たんだよ」
空が、ぐにゃりと歪む。風が止み、音が消える。
次の瞬間、冬馬の体は地面に吸い込まれるようにして沈んだ。
***
翌日、冬馬は家に戻った。
何事もなかったかのように。
ただ、彼はもう、冬馬ではなかった。
口数は減り、視線はどこか遠く、何より笑わなくなった。
夜中、家族が目を覚ますと、彼が窓辺でこう呟いていたという。
「今度は、ちゃんと焼けるかな」
その目は、赤い夕暮れのように光っていた。