短編
悪役令嬢の廊下
乙女ゲームの世界に転生した少女が「悪役令嬢」として過ごす学園で、決して歩いてはならない廊下があった。
目が覚めると、私は知らない天蓋付きのベッドの上にいた。
――ああ、これはあの乙女ゲームの世界。
かつて熱狂的にプレイしていたゲーム『薔薇と契約のロンド』。私はその中で、主人公の恋路を邪魔し、最終的には断罪される「悪役令嬢」アメリア・フォン・ルクレツィアとして転生してしまったらしい。
金髪巻き髪、冷たい灰色の瞳、そして学園中に響き渡る高笑い。どこを取ってもテンプレ的な悪役令嬢だったが、前世の記憶を持つ私にとっては、破滅エンドだけは絶対に避けたい問題だった。
ゲーム知識を活かして、地雷イベントを避け、ヒロインにも妙に親切にしてきた。数ヶ月もすれば、周囲から「お優しい方」とまで言われるようになっていた。
だが、ひとつだけ、どうしても気になっていたことがあった。
西棟の三階にある、使われていないという旧校舎への廊下。
「決して通ってはいけない」「夜に足を踏み入れると、二度と戻れない」――そんな噂が、生徒の間でささやかれていた。ゲームには登場しない場所だった。
ある夜、ふと目が覚めると、誰かの歌声が聞こえた。
――♪ロンド ロンド 誰と踊るの 赤い靴を履いて……
廊下の奥からだった。窓のない、真っ暗な西棟のほうから。
私は、気づけばその方向に歩いていた。意識とは裏腹に、足が止まらない。
旧校舎に続くその廊下の前に立ったとき、空気が変わったのがわかった。
扉を開けた瞬間、冷たい風が吹き抜けた。中は蝋燭のような微かな明かりに照らされており、廊下の奥に、誰かが立っていた。
赤いドレスの少女。長い黒髪を揺らしながら、くるくると踊っている。
その顔が、こちらを向いた。
私だった。
鏡を見ているように、私と同じ顔、同じドレス。だがその瞳は真っ黒で、口元は裂けるほどに歪んだ笑みを浮かべていた。
「あなた、私の代わりに“役”をやってくれるの?」
そう言った瞬間、空間がぐにゃりと歪んだ。
私は必死に後ずさり、扉を閉めて逃げ出した。
それ以来、旧校舎の噂は学園から消えた。
誰も、あの廊下のことを話題にしなくなった。
けれど、鏡を見るたび、時折映る“私”が、ほんの少し、違う表情をしている気がする。
もしかして、あの時――私は、ちゃんと戻ってこられたのだろうか?