短編一覧へ戻る

短編

夕鈴を借りる

町立図書館の片隅で「音」を貸し出す係になった青年が、返されなかった一つの鈴の音をめぐって、小さな喪失の行き先を知る話。

Genre
現代幻想
Series
単発
#図書館#記憶#街#静けさ#喪失

町立ひばり図書館の地下には、地上の誰も知らない書庫があった。

そこには絶版になった郷土史も、戦前の地図も、焼け残った詩集もなく、代わりに音が保管されていた。雨戸を閉める音、遠い踏切、木造校舎の廊下、祭りの朝にだけ鳴る太鼓の試し打ち、昭和二十七年の商店街に流れた福引きの鐘。録音ではない。音そのもの、と先輩の三雲さんは言った。

「理屈はあとで慣れるから」
と彼女はいつも言う。
「図書館って、そういう場所でしょう」

四月から非正規で働き始めた僕は、最初の三週間で、理屈より先に受付票の書き方を覚えた。
利用者氏名、貸出音、使用目的、返却予定日。

音は小さなガラス管に入っていた。耳に当てても何も聞こえないが、栓を抜いて、決められたしぐさで空気をほどくと、そこに収められた音が、その場に一度だけ戻る。返却のときは、余韻が完全に消える前に専用の布で包み、またガラスにおさめる。乱暴に扱うと音はすぐ曇る。曇った音は、年をとった人の声みたいに、最初の輪郭を少しずつ失う。

利用者はたいてい年配の人だった。
亡くなった家族の店の引き戸の音を聴きたい人。
取り壊された駅舎の改札鋏を求める人。
理由を明かさず、夕方のチャイムばかり借りていく人。

僕は音を貸し出しながら、この仕事は誰かの懐古趣味を支えるためにあるのだと思っていた。過去を上手に撫でるための、慎ましいサービスだと。

考えが変わったのは、六月の終わり、ひとりの老婦人が返却カウンターに来た日だった。

名前は棚橋澄江。
貸出票によれば、彼女が借りたのは「夕鈴 一九六八年 海辺の寺町 個人寄贈」。返却期限を八日過ぎていた。ガラス管は布にくるまれたまま、彼女の掌におとなしく載っていた。

「すみません、遅れてしまって」
彼女は言った。
「返そうと思うたびに、もう一日だけ、って思ってしまって」

規則では延滞料金はない。ただ、音が弱ることがある。僕は布越しに管の温度を確かめた。少しだけぬるい。よく使われた音の温度だった。

「何か、確かめたいことでもあったんですか」
訊いてから、出過ぎた質問だったかもしれないと思った。けれど彼女は気を悪くした様子もなく、むしろ助かったように笑った。

「夫がね、毎日、夕方になると帰ってきたんです。工場から」
彼女はカウンターの木目を見ながら言った。
「角を曲がる前に、自転車のベルを一回だけ鳴らす人で。私は台所で、その音を聞いて、味噌汁の火を弱めるの。五十年それでやってきたんです」

去年、夫が亡くなったのだと彼女は続けた。
家はそのまま、台所もそのまま、自転車だけがなくなった。
夕方になると、体が勝手に火を弱めようとするのに、ベルが鳴らない。
だから図書館で借りたのだという。
夫のベルそのものではない。どこか海辺の町で、半世紀以上前に鳴った、見知らぬ寺町の夕鈴。それでも一日に一度、その音が部屋に満ちると、自分の体がようやく「今日は帰ってこない日なのだ」と覚え直してくれるのだと。

「思い出したいんじゃないんです」
彼女は言った。
「思い出しすぎないために借りたの」

その言い方が、僕の胸の中で長く止まった。

返却手続きをしようとすると、彼女は少し迷ってから言った。
「もし、もう借りる人がいなければ、処分してもらってもいいんです」
「処分、ですか」
「これを返したら、たぶん私は、また待ってしまうから。鳴るはずのないものを」

図書館で資料を勝手に処分することはない。まして音は寄贈資料だ。僕は規則どおりの返事をしたが、彼女はうなずいただけだった。まるで、答えは最初から知っていたように。

閉館後、返却された夕鈴の管を地下書庫に戻しながら、僕は目録カードを眺めた。寄贈者欄は空白になっていた。めずらしいことだった。採取場所は海辺の寺町、採取年月は一九六八年十月。補記に、こうある。

「台所の火加減を変える合図として長く使用された形跡あり」

音に形跡なんてあるのだろうか、と最初は思った。でも、その日は妙に納得した。音は何度も誰かの生活に組み込まれると、ただの響きではなくなるのだ。誰かの手順になる。待つための、あるいは待つのをやめるための。

翌日、僕は三雲さんに棚橋さんのことを話した。
三雲さんは台帳を閉じて、少しだけ目を細めた。

「音を借りる人ってね、過去に戻りたいわけじゃないのよ」
「じゃあ、何のために」
「今いる場所に、ちゃんと残るため」

その晩、僕は地下書庫でもう一度、夕鈴の管を取り出した。業務外の試聴は原則禁止だが、点検という名目ならできる。栓を抜き、布をほどく。空気がわずかに冷えて、すぐ、鈴が鳴った。

澄んでいて、少し頼りなく、けれど迷いのない一音だった。
寺の鐘のように遠くへ届こうとはせず、ひとつの家の中へだけ帰ってくるような音だった。台所の流し、夕方のまな板、味噌の匂い、洗った手の水気。そんなものが、その一音のうしろに、言葉なしで立ちあがった。

点検記録には「状態良好」とだけ書いた。
本当は、良好ではなかったのかもしれない。音は少し擦れていた。何度も誰かを一日の終わりへ連れ戻した音の、柔らかな摩耗があった。

それから一週間後、棚橋さんがまた来た。
今度は貸出ではなく、寄贈の窓口に。

紙包みの中には、小さな真鍮の鈴が入っていた。自転車につけていたものだという。音そのものはもう残っていないけれど、もし採取できるならお願いしたい、と彼女は言った。

「返ってこない音を待つより、自分でひとつ置いていったほうがいい気がして」
彼女は少し照れたように笑った。
「誰か知らない人が、いつか借りるかもしれないでしょう」

採取室で鈴を鳴らす役目を、なぜか僕が任された。
棚橋さんはガラス越しに立ち、僕は手袋をした指で、慎重に真鍮の舌を揺らした。

鳴った音は、返却された夕鈴とは違っていた。もっと近く、もっと乾いていて、ほんの少しだけ明るかった。誰かの帰宅を告げるというより、誰かがたしかにここを通った、と知らせる音だった。

採取が終わると、棚橋さんは深く頭を下げた。
「これで、あの人が帰ってくる場所がなくなるんじゃなくて、少し増える気がします」

僕はその言葉を、うまく理解したわけではなかった。ただ、いい言葉だと思った。

秋になって、棚橋さんはもう夕鈴を借りに来なかった。代わりに、月に一度、新聞を読みに来て、帰りに地下へ続く立入禁止の扉をちらりと見ることがあった。僕も何も言わない。言わなくても、たぶん足りていた。

新しく目録に加わった音には、こう記した。

「帰宅鈴 二〇二四年 町立ひばり図書館採取」

補記の欄には少し迷って、結局、余計なことは書かなかった。
音は、説明しすぎると痩せる。

そのかわり、台帳の余白にだけ鉛筆で、
「待つためではなく、今日を閉じるための音」
と書いた。

夕方、閉館の放送が流れる前、僕はときどき地下でその管を光にかざす。中には何も見えない。見えないのに、誰かの台所の火加減が、世界のどこかで少しだけ適切になる気がする。

図書館は、なくなったものを保存する場所だと、ずっと思っていた。
けれど本当は、なくなったあとを生きるための順番を、静かに貸し出しているのかもしれない。