短編
電柱喪失
通学路の電柱が“1本ずつ”消えていく。そのたびに、何かがすり替わっていた。
「……あれ? 電柱、こんなに少なかったっけ?」
いつもの通学路、坂を下って踏切を越える道。
その途中に立っている電柱が、気づけば一本だけになっていた。
昨日までは三本あったはずだ。
歩きながら数えるのが日課だった。
一本目は家の前、二本目は八百屋の角、三本目は信号の横。
今日は、二本目がなかった。
何もなかったかのように、地面はアスファルトで綺麗に埋められている。
「工事か……?」
そう思いながら学校に着くと、教室の席が一つ空いていた。
「あれ、佐伯は?」
クラスの誰に聞いても、「最初からそんな子いなかったよ」と返される。
担任も不思議そうに笑うだけだ。
でも、机の引き出しの中には、彼女の筆箱が残っていた。
次の日、もう一本の電柱が消えていた。
今度は信号の横。
代わりにそこには、何かが立っていた。
遠目には人の形に見えるが、近づくにつれてぼやけてくる。
顔が、ない。影のような黒い塊。
通り過ぎると、うしろから微かな“ザザザ……”という電気のような音が聞こえた。
その日、今度は担任がいなかった。
「最初から教頭先生が担任でしょ?」
みんなそう言う。
だが、自分のノートには「佐々木先生」の名前がびっしりと書かれていた。
放課後、家に帰る途中、残った一本の電柱の根元に、小さな張り紙が貼られていた。
「消さないで」
次の日の朝、電柱はついにすべて消えていた。
代わりに、見知らぬ風景が広がっていた。
道がわずかに曲がっている。家の窓の配置が違う。
近所の犬が、違う毛色になっていた。
家に帰ると、母親の顔が少しだけ違っていた。
声も、目の色も。
「どうしたの? 学校で何かあった?」
優しく微笑んだその顔に、微かな“ノイズ”のような揺れを感じた。
部屋に戻ると、机の上に覚えのないスケッチブックが置かれていた。
中には、何本もの電柱が描かれていた。
すべてに、小さく「ここが境界」と書かれている。
その夜、夢を見た。
闇の中に電柱が立ち並び、その一本一本の間に、人影がぶら下がっている。
誰かが言った。
「電柱はね、“区切り”なんだよ。世界を、記憶を、現実を保つための」
「全部なくなったら、君も“書き換え”られる」
目覚めたとき、壁のポスターが別のものに変わっていた。
スマホの中の写真も、連絡先も、ひとつずつ知らない名前になっていく。
そして今朝、自分の名前を呼ぶ声が聞こえなかった。
通学路に電柱はもうない。
代わりに、“それ”が立っていた。
顔のない影が、こちらを見ていた。
手には、黒く焼け焦げた名札が握られていた。
そこには、僕の名前が書かれていた。