短編
四時十七分のチャイム
母が最後に笑った時刻で止まった台所時計を修理に出した私は、時間を戻すのでなく進めるための小さな音を受け取る。
母が死んでから、台所の時計は四時十七分を指したままになっていた。
正確には、電池が切れたのはその日の夜だったのかもしれないし、もっと前から遅れがちだったのかもしれない。けれど私にとって、その時計は母が最後に笑った時刻で止まったのだった。病院へ向かう前、煮こぼれた味噌汁を見て、こんな日に限って、とうっすら笑った。私は慌てて火を止め、母は椅子に腰を下ろし、それから少し息を整えていた。時計はそのとき、たしかに四時十七分を指していた。
葬儀が終わり、役所の手続きが済み、冷蔵庫の中の調味料を半分くらい捨てても、時計だけは外せなかった。壁に掛かった白い丸時計は、汚れた換気扇より、傾いた棚より、ずっとこちらを見ている気がした。
私は三十五歳で、一人暮らし歴のほうが実家暮らしより長くなっていた。それでも、母がいなくなった実家の台所に立つと、自分がまだ娘という役目を終えられていないことを思い知らされる。流し台のスポンジの位置、輪ゴムの入った缶、砂糖と塩の容器の大きさ。母の小さな工夫があちこちに残っていて、私はどれを残し、どれを捨てていいのかわからなかった。
時計を外す気になったのは、六月の雨の日だった。窓を開けると湿った風が入ってきて、台所の匂いが少しだけ変わった。もうこの部屋は、放っておいても母のいる家ではなくなっていくのだと思った。変わってしまうなら、せめて自分の手で変えたかった。
駅前の商店街に、古い時計店が一軒だけ残っていた。シャッターの塗装がところどころ剥げ、ガラスケースには腕時計よりも置時計のほうが多い。店の奥では、小さな音がいくつも重なっていた。秒針の進む音、振り子の揺れる音、工具の触れ合う乾いた音。その中にいると、自分の呼吸まで部品のひとつみたいに整っていく気がした。
「修理ですか」
声をかけてきたのは、七十代くらいの細い男の人だった。白髪がきちんと撫でつけられていて、眼鏡の奥の目が静かだった。
私は布袋から時計を出し、カウンターに置いた。
「動かなくなってしまって」
男の人は時計を持ち上げ、裏返し、側面に爪を当てた。乱暴さのない手つきだった。何かを確かめるというより、まずは相手の機嫌をうかがっているように見えた。
「電池式ですね。古いけれど、直せますよ」
直せますよ、と彼は簡単に言った。私はそれだけで少し腹が立った。直るのなら、こんなに長く壁に掛けたままにしなかった、という腹立ちだったのかもしれないし、直ってしまったら四時十七分が消える、という恐れだったのかもしれない。
「でも」
と私は言った。
「その、できれば……四時十七分のことも、なくしたくなくて」
男の人は顔を上げた。気の毒そうな顔も、わかったような顔もしなかった。ただ続きを待っていた。私は自分でも変だと思いながら、母のことを少し話した。最後に笑った時間のこと。だからこの時計が止まったままでいることに、意味をつけてしまっていること。
話しながら、私は店の中に響くさまざまな秒音を聞いていた。どの時計も別々の速さで鳴っていて、それなのに不思議とうるさくない。時間は一つじゃないのだ、と、そのときふと思った。
男の人は黙って聞いていたが、やがて言った。
「止まった時刻を残したい、と言う人は時々います」
私は少し身構えた。慰めや、ありふれた助言を予想したからだ。
「でもね、時計は記念品になるのが苦手です」
思いがけない言い方だった。
「記念品にされると、時計は役目を失います。役目を失ったものは、だいたい長持ちしない」
彼は時計をそっとカウンターに置いた。
「時間を戻すことはできません。でも、残し方を変えることはできます」
私は意味がわからず、黙っていた。
男の人は引き出しから小さな金属部品を出した。豆粒ほどの円盤で、裏に細い穴があいている。
「これはチャイムの部品です。元の機械に少し手を入れて、一日に一度だけ音が鳴るようにできます。四時十七分に。針は普通に進む。でも、その時刻が来たら、小さく鳴る」
「そんなことができるんですか」
「大げさな改造じゃありません。おすすめすることでもない。でも、あなたが欲しいのは、止まった時間そのものじゃなくて、その時間に触れられる感じでしょう」
私は返事をしなかった。返事をすると泣きそうだった。
一週間後に受け取りに来てください、と言われ、私は時計を預けた。店を出ると、商店街のアーケードに雨の音が反射していた。私は傘を開かず、しばらく濡れながら歩いた。濡れているのに、やっと何かが乾き始めたような妙な気分だった。
その一週間、私は仕事のあとで何度か実家へ寄った。母の服を季節ごとに分け、古いタッパーを捨て、戸棚の奥から賞味期限の切れた乾麺を山ほど出した。片づけは作業のかたちをしていたけれど、実際は選別だった。残すものと、残さないもの。母のいた証拠と、母がもういない証拠。
不思議なことに、時計がないだけで台所は少し広く見えた。壁の淡い黄ばみが露わになり、そこに丸い跡だけが残った。私はその跡を見上げながら、母が毎朝ここで湯を沸かしていたこと、冬になると窓が曇って時計が見えにくくなったことを思い出した。思い出は、物がなくても出てくるのだと、そのとき初めて知った。
受け取りの日、時計店の男の人は「鳴らしてみましょうか」と言って、店の奥の作業台に時計を置いた。針は三時五十六分を指していた。私は立ったまま、妙に緊張していた。
店の中のさまざまな音に混じって、白い時計の秒針が進む。四時。四時五分。四時十分。やがて長針が十七を指し、短針が四を少し過ぎたところで、控えめな音がひとつ鳴った。
澄んだ、短い音だった。学校のチャイムにも似ていないし、目覚まし時計のように急かしもしない。小さな銀の匙で、ガラスの縁をそっと叩いたような音だった。
私は息を止めて、その一音を聞いた。
たったそれだけなのに、四時十七分が「終わった時刻」ではなく、「来る時刻」になった気がした。もう二度と来ないものではなく、毎日かならず通り過ぎるもの。通り過ぎるからこそ、受け取れるもの。
「うるさくありませんか」
男の人が聞いた。
「いいえ」
私は首を振った。
「びっくりするくらい、ちょうどいいです」
男の人は少しだけ笑った。
「時計は、進んでいるほうが思い出に親切です」
その言葉を、私は帰り道で何度も繰り返した。
時計を元の壁に掛け直したのは、その日の夕方だった。白い丸い輪郭が黄ばんだ跡をぴたりと隠した。針は六時二分を指していて、もう四時十七分ではなかった。私は少し寂しくなったが、その寂しさは以前のように私をその場へ縫いつけなかった。
数日後、仕事が休みの日の午後、私は実家の台所で一人、麦茶を飲んでいた。窓から射す西日が流し台の縁を白く光らせている。静かな家だった。冷蔵庫の低い音と、時計の秒針だけが動いていた。
四時十七分に、チャイムが鳴った。
私は顔を上げた。母の笑い声が聞こえたわけではない。姿が見えたわけでもない。ただ、その日病院へ向かう前の、煮こぼれた味噌汁の匂いと、母の「こんな日に限って」という声の調子が、驚くほど自然に胸の中へ戻ってきた。痛みではなく、輪郭として。
それから私は立ち上がり、戸棚のいちばん上に置いたままだった琺瑯のやかんを下ろした。母が長年使っていたやかんだ。底は少し黒ずみ、注ぎ口の先が欠けている。私はそれを洗い、湯を沸かした。初めて自分の手つきで、自分のために、この台所でお茶をいれた。
湯気の向こうで、時計は普通の顔をして進んでいた。
その年の秋、私は実家を引き払うことにした。全部を残すことはできないから、いくつかを選んで自分の部屋へ持っていく。写真は箱にしまい、レシピ帳は数冊だけ残し、やかんと時計は持って帰ることにした。
引っ越しの日、業者が来る前のがらんとした台所で、最後にもう一度チャイムを聞いた。四時十七分。あの音は相変わらず短く、静かで、少しだけ光っているみたいだった。
私は壁から時計を外し、胸に抱えた。
母を連れていく、とは思わなかった。そんなことはできないし、するべきでもないのだろう。けれど、母と過ごした時間の通り道を、自分のこれからの部屋へ移すのだとは思った。
時間は戻らない。戻らないから、進んでいくものの中に、もう一度触れられる場所をつくるしかない。
外では、トラックのエンジン音がしていた。私は鍵を閉め、振り返らずに玄関を出た。腕の中の時計はきちんと動いていて、次の四時十七分へ向かって、あたりまえの顔で秒を刻んでいた。