短編
廃墟のあと
廃校になった中学校に肝試しに行った少年たちが見た、“過去のまま”の風景。
「ここ、マジでやばいって。帰ろうぜ……」
タクヤが小声で言ったときには、もう遅かった。
僕らは三人、鉄柵を越えて、廃校になった中学校の中庭に足を踏み入れていた。
十年前に閉鎖されたというその校舎は、今や町の“肝試しスポット”として有名だった。
中でも噂されているのが、夜の2階音楽室には近づくなという話。
「なんで音楽室だけ?」
「なんか、昔、教師が生徒閉じ込めて……とか、そんな感じのやつ。知らんけど」
リョウがスマホのライトを照らしながら、適当に答えた。
ガラスの割れた教室、黒板に残されたチョークの線、落書きされたロッカー。
全部がまるで、誰かの記憶の中で時間を止めているようだった。
二階に上がると、廊下の奥に音楽室の扉が見えた。
なぜか、その前だけ空気が違っていた。湿って、重い。
「……行く?」
そう聞いた瞬間、タクヤのスマホが落ちた。
手が震えていた。
「誰かいた、今……」
リョウと顔を見合わせる。
だが、誰もいない。廊下には、僕たち以外の足音は聞こえなかった。
だが――聞こえた。
ピアノの音。
ぽつん、ぽつん、と鍵を叩くような単音。
確かに、音楽室の中から聞こえる。
リョウが意を決してドアを開けた。
がらり――
そこには、普通の音楽室が広がっていた。いや、“普通だった頃の”。
カーテンは風に揺れ、椅子が整列し、黒板には「今日の課題:校歌を弾こう」と書かれていた。
そして、ピアノの前にはひとりの女生徒。
制服姿、長い髪、背筋を伸ばして座っている。
動けなかった。
その背中が、何かを待っているように感じた。
「こっち、見たらヤバいって……!」
リョウが呟いた瞬間、少女がこちらを振り返った。
顔がなかった。
のっぺりと皮膚だけが張られ、目も鼻も口も、なかった。
それでも、確かに“笑っていた”。
ドアが閉まる音。ライトが消える。空気が押し寄せる。
タクヤの悲鳴が、くぐもって消えた。
***
気づくと、僕は校庭にひとり立っていた。
スマホの時計は午後11時。さっきまでの記憶が曖昧だ。
タクヤとリョウは、いなかった。
学校を出て交番に駆け込んだが、誰も真に受けなかった。
それどころか、数日後、二人の行方不明届すら出されなかった。
彼らの家族は「そんな子はいない」と言った。
SNSも、写真も、卒業アルバムからも――消えていた。
でも、僕は覚えている。
僕たちは、三人で廃墟に入った。
あの音楽室には、今も誰かが座っている。
夜になると、校歌のピアノがぽつり、ぽつりと鳴り始める。
次に扉を開けた誰かが、“あの席”に座るその時まで。