短編
配達人の顔
ある日届いた荷物の配達員は、妙に顔を隠していた。
梅雨の終わり、蒸し暑い午後だった。
大学生の遥斗は、都内の古びたアパートで一人暮らしをしていた。昼過ぎ、いつものように課題を後回しにしてスマホをいじっていると、インターホンが鳴った。
「宅配でーす」
無意識に出た返事の後、遥斗は「あれ?」と首を傾げた。何も注文した覚えがない。けれど、最近は家族が勝手に送ってくることもあるし、とりあえずドアを開ける。
そこには、黒いキャップに深くマスクをつけた配達員が立っていた。全身レインコートに覆われており、顔はまったく見えない。
「サイン、こちらにお願いします」
声は低く、くぐもっていた。電子端末を差し出され、反射的にサインをする。荷物は、小さな段ボール。差出人は書かれていなかった。
「……あの、これ誰から――」
尋ねようとした瞬間には、配達員はもう階段を降りていた。足音も、気配も、妙に静かだった。
部屋に戻り、荷物を開けると、中には紙の箱がひとつだけ入っていた。箱を開けると、中からは写真が数枚、ふわりとこぼれ落ちた。
一枚目を拾って、息をのむ。
自分の部屋。今と同じ角度で撮られている。ベッド、デスク、散らかった服――すべて、今この瞬間の部屋と一致していた。
二枚目は、遥斗がベッドで寝ている姿。
三枚目は――ドアの隙間から、誰かがこちらを見ている写真だった。
背筋に氷が走った。慌てて玄関の鍵を確認し、窓をすべて閉めた。
その夜、眠れぬままベッドに横になると、インターホンが再び鳴った。時間は午前2時18分。
恐る恐るモニターを見ると、そこにはまたあの配達員が映っていた。
ただ、今回はキャップもマスクもしていなかった。
顔は――ない。
つるりとした、のっぺらぼうだった。
遥斗がモニターを見ていることに気づいたのか、配達員はゆっくりと笑ったように見えた。表情がないはずなのに、なぜか「笑った」とわかってしまう。
その瞬間、モニターが砂嵐になり、電気が一斉に落ちた。
窓の外で、足音が止まった気がした。
そして今、ドアの隙間から、誰かがこちらを見ている。あの三枚目の写真と、まったく同じ角度で。
けれど、今度はカメラではなく、本物だ。
遥斗は、身動きが取れなかった。
ドアの向こうの「それ」は、ただじっと、彼が気づくのを待っているようだった。