短編
返送先のない手紙
閉鎖を控えた町の郵便局で、毎月「まだ届かない」手紙を投函しに来る老女を見守るうち、私は言葉にも熟す時間があることを知る。
その郵便局は、春より少し早く閉まることになっていた。
町の外れにある小さな局で、窓口は三つあるのに、ふだん開けているのは一つだけだった。待合いの長椅子は冬になるとひどく冷え、昼すぎには西日の形にだけ温度が宿る。壁の時計は一分ほど遅れていたが、誰も直さなかった。その一分の遅れが、この建物にはよく似合っていた。
私はそこに勤めて五年目で、閉鎖の知らせを聞いたときも、ひどく驚いたわけではなかった。驚くには、前触れが多すぎた。配達区域の統合。集荷回数の削減。古い記帳台の撤去。手で押していた消印が機械に変わり、それからしばらくして、その機械を置く意味すら薄れていった。
それでも、局がなくなると決まってから、急に細部が目につくようになった。朱肉の乾きかけた匂い。濡れた傘のしずくが床に作る小さな地図。ガラス戸が閉まるときの、少しだけ気弱な音。
二月の終わり、帳票類の整理をしていたとき、古い引き出しの奥から束ねられた封筒が出てきた。輪ゴムは固くなって、ほとんど飴色になっていた。封筒はみな同じ便箋を使っていて、同じ筆跡で「娘へ」とだけ書かれていた。宛名欄に住所はなく、差出人もない。右上には切手がきちんと貼られていたが、どれも投函されていないか、あるいは投函されても、どこへも行けなかった顔をしていた。
見つけた束を机に置くと、局長が眼鏡の上からのぞきこんだ。
「ああ、それか」
それだけ言って、局長は湯のみを持ち上げた。湯気はもうほとんどなかった。
「どうするんですか、これ」
「そのままでいい。来月になったら、持ち主が来る」
来月になったら、という言い方が奇妙だった。手紙は来月になるものではない。出すか、届くか、戻るかだ。棚の上で月をまたぐのは、だいたい会報か苦情の返事か、そういうものだ。
「毎月来るんですか」
「来るよ。もうずいぶん長い」
局長は言い、そこで会話を終わらせるように、書類に視線を落とした。
三月の最初の火曜日、その人は来た。
紺色のコートに、薄い灰色のマフラー。年のころは七十をいくつか越えているように見えた。背筋がきれいで、歩くときだけ慎重になる人だった。窓口に来ると、彼女は八十四円切手を一枚くださいと言い、それから少し考えて、やっぱり百十円にします、と言った。
「重くなるかもしれないから」
封筒一通に対して言う言葉としては、少し可笑しかった。けれど彼女の言い方には、冗談めいたところがまったくなかった。
用件を済ませたあと、彼女は待合いの隅にある古い赤いポストの前で立ち止まった。昔、集荷前の便を受けるために局内に置かれていたものだが、いまは口が塞がれて、半ば飾りになっている。子どもが手を入れないよう、投函口の奥には薄い金具が渡してある。それでも、細い封筒なら滑りこませることができた。
彼女はそこで、用意していたらしい封筒に切手を貼り、少し目を閉じてから、その赤い口に差し入れた。
私は思わず窓口を出た。
「あの、そこ、いまは使っていなくて」
彼女は振り向いた。叱られた子どものように驚いた顔をしたが、すぐに頷いた。
「ええ、知っています」
「でしたら」
「知っていて、入れているの」
静かな声だった。言い返す隙がないというより、言い返す必要がない声だった。
夕方、閉局作業のついでに局内ポストを開けると、案の定、封筒が一通入っていた。白い封筒で、表にはやはり「娘へ」とだけある。私は局長に見せた。
「返す」
「返すんですか」
「来月な」
私は封筒をつまんだまま、少しだけ腹が立った。届かないものを預かって、次の月に返す。それでは郵便でも何でもない。ただの先延ばしだ。
局長は私の顔色を見て、小さく笑った。
「若い人は、言葉は出せば届くと思ってる」
「違うんですか」
「届く言葉と、届かない言葉がある。届かない言葉には、しまっておく場所がいる」
その言い方もまた、私には古い比喩のように思えた。
けれど次の月も、その次の月も、彼女は来た。切手を買い、赤いポストに封筒を入れ、帰り際に前の月の手紙を受け取っていった。返された封筒は、開けられた形跡がない。彼女はそれをバッグにしまうたび、ほんの少し軽くなるように見えた。
五月の終わり、局の閉鎖日が掲示されると、町の人たちは記念のように窓口へ来るようになった。通帳の繰越、古い定額小為替の問い合わせ、使いかけの往復はがき。なくなると決まるまで、必要だと気づかないものがある。
六月の最終営業日、朝から雨だった。
彼女はいつもより早い時間に来た。コートの肩が少し濡れていた。私は切手を出しかけたが、彼女は首を振った。
「今日は、もう貼ってきました」
封筒はいつもより厚く見えた。けれど持ち方は、むしろ軽そうだった。
「これ、今日は返さないでください」
私は受け取った封筒を見た。表には変わらず「娘へ」。だが左下に、小さく住所が書かれていた。同じ町内の、商店街の裏手。私はその住所を知っていた。クリーニング店の二階だ。
「出せるんですね」
「ええ」
彼女は少し笑った。笑うと、口元にだけ若いころの気配が残った。
「八年かかりました。ごめんなさい、のあとに続く言葉を、余計にしないで言えるまで」
「娘さんに?」
「そう。何を書いても、言い訳が混じってしまって。だから毎月書いて、毎月持って帰ったの。読んでみると、だめだってわかるから」
私は黙っていた。雨の音が、ガラス戸の向こうで細かく砕けていた。
「郵便局には悪いことをしましたね」
「そんなこと」
「でも、ここがあったから待てました」
彼女は赤い局内ポストのほうを見た。もう使われないものを見る目ではなかった。長いあいだ、黙って預かってくれた人を見る目だった。
私は封筒にその日の消印を押した。手押しの印は少し傾き、六月三十日の文字が、雨の日の窓みたいににじんだ。
「ありがとうございます」と彼女は言い、封筒を受け取った。
「ご自分で届けるんですか」
「ええ。歩いていける距離ですもの。そういう距離を、八年も遠くしてしまったから」
彼女が出ていくのを、私は窓口の内側から見ていた。商店街へ向かう道は、濡れたアスファルトが鈍く光っていた。彼女は途中で一度立ち止まり、封筒の角を指で撫でた。それからまた歩いた。
昼すぎ、シャッターを半分下ろしたころ、ガラス戸の外を二人の女が通った。ひとりは彼女で、もうひとりは四十代くらいの女性だった。よく見ると、商店街のクリーニング店のエプロンを着ている。娘なのだろうと思った。
娘は封筒をまだ開けていなかった。胸の前に大事そうに持ち、空いているほうの手で、母親の肘を軽く支えていた。支えるというほど大げさではなく、ただ、段差を忘れないように触れているだけの手つきだった。
二人は何か話していたが、こちらまでは聞こえなかった。聞こえなくても十分だった。言葉には、届いたあとでようやく小さくなるものがあるのだと、そのときわかった。
局長は奥で帳簿を閉じ、「終わりだな」と言った。
私は最後に、使われなくなった赤いポストの口に触れた。金属はひんやりしていたが、冷たいという感じではなかった。長いあいだ、誰かの言えなかった言葉をしまっていた場所の温度だった。
その夜、私は帰宅してから、しばらく机に向かっていた。白い紙を一枚出し、母の名前を書いて、すぐに消した。まだ早いと思った。けれど、早いとわかったことは、前よりずっとましだった。
窓の外で雨がやんでいた。届かない言葉にも、行き先ではなく、置いておくための小さな場所が要る。そのことを知っているだけで、六月の終わりは少しだけやさしかった。