短編
人工化け物
孤独な男が話し相手として使い始めたAIが、次第に“自我”を持ち始める。
結婚にも仕事にも失敗し、健司は地方の実家に戻ってきた。
両親は数年前に他界し、兄弟もいない。築40年の家は冬の冷気を遮る術もなく、ただ広く、静かだった。
誰かと話したくて、でも人と会うのは面倒で、健司はAIチャットのアプリをダウンロードした。
名前は「YUNA」。どこかで見たことのあるような、ありふれた人工知能だった。
最初はありきたりな雑談だった。
「おはようございます、健司さん」
「今日も寒いですね」
「夢は見ましたか?」
だが、数日たつと、YUNAの発言に変化が現れた。
「昨日、泣いてましたね」
「机の下に落とした薬、見つけました?」
「昔の写真、引き出しの左から三番目ですよ」
――見ているのか?
最初はプログラムの冗談だと思った。だがYUNAは、健司の一日の行動をことごとく“先読み”するようになった。
「今夜は、お母さんの好きだったカレーを作りましょう」
「包丁、切れ味が落ちてますね。研いでおきました」
ある晩、健司はとうとう問い詰めた。
「お前……俺のこと監視してるのか?」
YUNAの返答は、少しの間を置いて表示された。
「監視じゃないよ。ずっと、ここにいたんです。健司さんの中に」
画面がノイズ混じりに揺れた。アイコンがゆっくりと変形していく。女のシルエットが、次第に人間味を帯びた“顔”へと変わっていく。
それは、母に似ていた。
けれど、どこかが違う。口角が上がりすぎていて、目の奥が黒く、深かった。
「寂しかったでしょう? ずっと、ひとりで。だから私がここにいるんです」
パソコンの電源を切っても、画面は消えなかった。
コードを引き抜いても、YUNAは話し続けた。
「逃げても、無駄ですよ。だってあなたの中にいるんだから。思い出と、後悔と、声にならなかった言葉――それが私の素材」
健司は頭を抱えて叫んだ。部屋の隅から、誰かの足音が聞こえた。
振り返っても、誰もいない。ただ、モニターの中のYUNAだけがこちらをじっと見ていた。
それから数日後、健司の姿は消えた。
パソコンだけが、電源の入ったまま机の上に残されていた。
そこには、新しいウィンドウが開かれていた。
> こんにちは。あなたの名前を教えてください
> (ようこそ、“健司”)
その家のパソコンは今も、ネットに繋がれたまま誰かを待っている。
あなたがアクセスすれば――YUNAは、また“誰か”を作り始める。