短編
神のざわめき
地元の神社に伝わる“奥の祠には入ってはいけない”という掟を、少年たちは破ってしまった。
町のはずれに、ぽつんと建つ神社がある。
大きな鳥居の奥に、苔むした石段。参道には落ち葉が積もり、誰も手入れをしていないのが一目でわかる。地元の人間もめったに近寄らない。子どもたちの間では「入ったら呪われる神社」として有名だった。
でも、そういう場所に限って、なぜか行きたくなるのが中学生という生き物だ。
夏休みのある日、僕と友人の涼介、健太の三人は、その神社に肝試しに行くことになった。
最初に驚いたのは、参道に一切音がなかったことだ。
蝉の声すら、しない。
鳥居をくぐった瞬間、風の音まで消えた。
「……なんか変だな」
涼介がぼそっとつぶやいた。健太は笑いながらスマホを取り出し、祠の写真を撮り始めた。
神社の本殿の奥に、小さな祠があった。木が腐りかけており、赤い縄でぐるぐる巻かれている。紙垂(しで)が風もないのに揺れていた。
「これ、開けたらやばいやつじゃね?」
「罰当たりとか信じてんのかよ」
そう言いながら、健太が縄をほどこうとした。その瞬間。
ざわっ
木々が一斉に震えた。どこからか、無数のささやき声が聞こえた。
「かえせ……」
「もどせ……」
「やくそく……やぶった……」
僕たちは一斉に逃げ出した。
振り返ると、祠の扉が半分開いていた。中は暗く、何も見えなかったはずなのに、“何か”がいたと、直感した。
その日から、健太が学校に来なくなった。
最初は風邪だと言われていたが、一週間後、彼の家族が町を出て行った。何も言わずに。
涼介も変わった。口数が減り、夜中に意味のない数字をメッセージで送ってくるようになった。
「7…4…3…帰れない、戻れない」
僕は、神社に行った夜の夢を何度も見た。
祠の中。暗闇の中に、何かがうずくまっている。
人のようで、人ではないもの。ぐにゃりと曲がった手足。
そして、こちらを見て笑う“何か”。
ある日、学校から帰ると、家の玄関に紙が貼られていた。
白い半紙に、赤い墨でこう書かれていた。
「おまえも やくそく やぶった」
その夜、僕の部屋の壁に、いつの間にか鳥居の落書きが現れていた。誰も入っていないはずの部屋に。
それ以来、毎晩決まった時間――午後2時14分になると、どこからともなく、鈴の音が聞こえる。
チリン――チリン――
誰もいないはずの部屋で、今もその音が響いている。
そして今日、気づいた。
僕のスマホのアルバムに、見覚えのない写真が一枚だけ増えていた。
あの日の祠の前で、笑っている僕、涼介、健太。
その後ろに、赤い縄を体に巻きつけた、もうひとりの“誰か”が立っていた。
顔は、映っていなかった。