短編
家族の輪
新しく飼い始めたペットが、家族の中で“何か”を変え始める。
「この子、保健所に連れていかれるところだったんだって」
母がそう言って連れてきたのは、小さな灰色の猫だった。
毛並みは少しぼさぼさで、左の耳が切れていたが、目が丸くて、じっとこちらを見る。
名前は「ミイ」と名づけられた。
最初は、ただの保護猫だと思っていた。
ミイは静かで、人懐っこくもなければ、警戒心も強くなかった。
ただ、家の中の“誰か”のそばにぴたりと寄り添って座っていることが多かった。
「最近、ミイが私の布団で寝てくれるの」
母がそう言った日の夜、父が階段から落ちて足を折った。
次の日、ミイは父の布団で丸くなっていた。
「なんか、ミイって……順番にくるよな」
そう言ったのは兄だった。確かに、ミイはまるで順番を守るように、家族の誰かに寄り添い、数日経つと次の誰かに移っていった。
そのたびに、小さな異変が起きた。
妹は、鏡の前で誰かと話しているように立ち尽くすようになった。
母は、食事中に何もない空間に箸を伸ばし、「もうひとり分、要るかしらね」とつぶやいた。
父は夜中にうなされ、「あれはミイじゃない」とうわ言を言った。
だが、ミイはいつも静かで、まるで全てを知っているような目をしていた。
ある晩、僕の部屋の前にミイが座っていた。
ただ、じっとこちらを見ている。何も鳴かず、動かず、ただ、いる。
「俺の番か……?」
その夜、夢を見た。
夢の中で、家族がリビングに全員集まっていた。
皆、無表情で、ミイを囲んで円を描いていた。
その輪の中で、ミイは少しずつ人の形に変わっていった。
耳が消え、手足が長くなり、顔に笑みが浮かぶ。
「これで、そろったね」
母がそう言った。
「やっと、完全な家族になれる」
ミイは僕を見て笑った。
「最後が、あなたでよかった」
目を覚ますと、布団の上にミイがいた。
けれどその目は、猫のものではなかった。
瞳孔が細く、人間のような意思が宿っていた。
朝、リビングに降りると、家族が全員そろっていた。
誰も何も言わない。ただ、笑っている。
ミイもそこにいた。僕の椅子を指し示すように、尻尾を動かしていた。
「さ、朝ごはんにしましょう」
母がそう言った。
その言葉に逆らえず、僕は椅子に座った。
今、家族はとても仲がいい。
喧嘩もない。誰も外に出ない。
笑顔が絶えず、誰もが“家族”であることを心から大切にしている。
ミイは、もう猫じゃない。
でも、もう“いなくなる”ことはない。
この輪の中に入ったら、最後まで一緒だから。