短編
声を預かる店
古い留守番電話の声を復元する店で働く女が、他人の別れに触れながら、自分だけが聞けずにいた母の声を受け取り直す物語。
商店街のいちばん端に、声を預かる店がある。
正式には「三崎音声復元室」という看板が出ているけれど、近所の人はみんなそう呼ぶ。カセットテープやMDや古い留守番電話のマイクロカセットを持ち込んで、消えかけた声を聞けるようにしてもらう店だ。亡くなった家族の声、幼い子どもの歌、酔った勢いで吹き込まれた妙に陽気な伝言。預かるものはだいたい小さくて、軽くて、それなのに鞄の底でほかの何より重たくなる。
春になると、テープはよく回る。
片づけを始める季節だからだ。転勤、卒業、引っ越し、空き家の整理。そういう節目に、人はようやく箱の奥を開ける。埃をかぶった機械の中で、時間だけが几帳面に巻かれていたことに気づく。
その日、店に入ってきた男は、片手に古い留守番電話機を抱えていた。白かったはずのプラスチックは黄ばんで、数字の「3」だけ少し沈んでいる。
「聞けるようになりますか」
男は機械ではなく、私に許しを求めるみたいな声で言った。
「中のテープが切れていなければ」
私はカウンターの上に柔らかい布を敷いた。男は機械を置くと、ほっとしたような、置いてしまったことを後悔したような顔になった。
依頼票には、木戸修一とあった。五十代の半ばくらい。爪の短い指に、炊事でできたような細かな傷があった。
「奥さまの声ですか」と私は訊いた。こういう店では、だいたい最初に訊くべきことが決まっている。誰の声で、いつごろのもので、どこまでしてほしいのか。復元だけか、データ化までか、それとも消去か。
木戸さんは少し黙ってから、うなずいた。
「去年、亡くなりましてね。ずっと台所に置いてあったんです。処分しようと思って、でも電源を入れる勇気がなくて」
「消去もご希望ですか」
そこを訊くと、たいていの人は戸惑う。残したいから来たはずなのに、消したい気持ちも同じだけあると、その場で気づくからだ。
木戸さんも、やはりすぐには答えなかった。
「聞いてから決めても、いいですか」
「もちろんです」
私は裏の作業台で機械を開けた。ベルトは伸びていたけれど、テープは無事だった。代わりの部品に付け替え、再生できる状態にする。店内には、はんだの匂いと、商店街の八百屋が外に積んだ土つき新玉ねぎの匂いが混じっていた。
夕方近く、私は木戸さんを作業スペースの横の小さな椅子に案内した。復元した音声は、最初に本人にだけ聞いてもらうことにしている。声というのは、顔写真よりもずっと不用意に人を昔へ戻してしまうからだ。
再生ボタンを押す。
最初に流れたのは、保険会社の営業の声だった。次は町内会の連絡、その次は、たぶん八百屋の主人が「今日の大根、いいの入ってるよ」と言っている。木戸さんは拍子抜けしたように息をついた。私は少しだけ安心した。いきなり大事な声が来るより、こういう日常の雑音が間にあるほうが、人は崩れにくい。
六件目で、女の人の声がした。
「もしもし、修一さん? 牛乳が切れそうだから、帰りに一本お願いします。低脂肪じゃないほう。あと、ベランダのチューリップ、まだ切らないでね。明日たぶん咲くから」
そこで一度、機械音が鳴った。録音は終わったはずだった。けれど、ほんの数秒、生活のこすれる音が残っていた。受話器を置き損ねたのだろう、台所の食器が触れ合う音、遠くでやかんが鳴る気配、そして小さく、
「あの人、忘れちゃうからなあ」
という笑い混じりの独り言が入っていた。
言葉としてはそれだけだった。
遺言でもなく、告白でもなく、心を整えた別れでもない。ただ、買い物を頼み、花のことを気にして、いつもの相手をいつもの調子で少しだけからかった、それだけの声だった。
それなのに、木戸さんは両手を膝の上で握ったまま動かなかった。泣いているのかどうか、横顔だけではわからなかった。私は再生を止めず、テープの終わりまで回した。無音が流れ、やがてカチリと機械が止まる。
「低脂肪じゃないほう、って」
木戸さんが言った。
「いつもそう言うんです。私は何度も間違えるから」
私は返事をしなかった。こういうとき店員が言えることは、ほとんどない。
木戸さんはしばらくして、「データにしてください」と言った。「消去は、今日はやめます」
「わかりました」
「でも、いずれ消すかもしれない」
「はい」
「残しておけばいいのか、消したほうがいいのか、まだわからないので」
私はうなずいた。どちらでもいいのだ、と最近は思う。忘れないために残す人もいれば、忘れないために消す人もいる。形が違うだけで、どちらもその人なりの持ち方だ。
閉店後、シャッターを半分だけ下ろして、私は棚のいちばん上から自分の留守番電話機を下ろした。
母が死んでから三年、店の隅に置きっぱなしにしていたものだ。再生できると知っていたからこそ、聞けなかった。聞いてしまえば、もう聞いていないころの自分には戻れない。そう思うと、機械の重さはずっと増していった。
母の遺した声が、何を言っているのかはだいたい見当がついていた。あのころ私は病院からの電話に出られず、店の修理で手が離せなかった。あとで見た着信履歴の中に、母の家の番号があった。たぶん、買い置きのことか、洗濯物のことか、そんな話だろう。最期の言葉がそんなものだったら、と思うとつらく、最期の言葉がそんなものではなかったら、と考えるのもまたつらかった。
私は電源を入れた。
テープが回る。小さなノイズのあと、母の声が流れた。
「もしもし、真緒? あんた今日、雨降るのに薄いコートで行ったでしょう。帰り、駅前のうどん屋で温かいの食べなさい。あと、ベランダの洗濯ばさみ、赤いのだけ弱ってるから捨てておいて」
そこで少し間があって、母は誰に向けるでもない声で、
「まあ、忘れるか」
と呟いた。
その言い方が、驚くほどやさしかった。呆れているのに、見放してはいない声だった。私はそこでようやく笑った。泣くより先に笑ってしまった。母は最後まで母で、私は最後まで娘だったのだと思った。大事なことを言いそびれたままでも、関係はそこで壊れたりしない。むしろ、言いそびれたまま続いているからこそ、こんなふうに声の端に生き残るのかもしれなかった。
翌朝、店を開ける前に、私は駅前の花屋で小さなチューリップを買った。赤でも黄でもなく、白にうっすら桃色の差したやつを一本だけ。空き瓶に挿してカウンターに置くと、店の中が少し明るくなった。
昼前、木戸さんが来て、データを受け取った。
「昨日、帰ってから牛乳を買いました」と彼は言った。
「低脂肪じゃないほうを」
私は笑った。木戸さんも笑った。たったそれだけのことで、昨日まで留守番電話機に閉じ込められていた春が、少しだけ今のほうへ歩いてきた気がした。
商店街のいちばん端で、今日も私は声を預かる。
返事のいらない声もある。返事ができなかった声もある。けれど、受け取り直すことはできる。遅れても、いびつでも、生活の続きみたいな顔をして。
カウンターの上のチューリップは、夕方にはきちんと開いた。私はそれを見届けてから、閉店の札を裏返した。