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短編

曇り空のひと

曇り空の下、毎朝同じ場所に立つ“知らない人”が、日々少しずつこちらに近づいてくる。

Genre
ホラー
Series
単発
#曇り空#通学#見知らぬ人

その人に気づいたのは、六月のある火曜日だった。

登校途中のバス通り、曇り空の下。
横断歩道の向こう側、ポストの隣に、傘もささずに立っている女の人。

白いワンピースに、黒い靴。顔はよく見えない。
ただ、じっとこちらを見ているような気がした。

翌日も、同じ時間、同じ場所にいた。

同じ服装、同じ姿勢、同じ曇り空。
周囲の人は誰も気にしていないようだった。
でも、僕はなんとなく視線を逸らしてしまった。

三日目、その人は少しだけ近づいていた。

横断歩道の向こう側から、手前の歩道の端へ。
目を合わせた気がした。
その瞬間、心臓がぎゅっと縮まるような感覚に襲われた。

「なに、あの人?」

そう友人に聞いてみたが、誰も知らないと言う。

「そもそも、そんな人いた?」

だんだんと、おかしいことに気づき始めた。

四日目。
その人は通学路の途中、電柱の影に立っていた。
動かず、ただ、こちらを見ている。

五日目。
学校の前の交差点。
誰も気に留めていないのに、僕だけは彼女を見つけてしまう。
曇り空は、ずっと続いていた。

その日、クラスの誰かが言った。

「最近、夢に知らない女が出てくるんだよね」
「顔がぐにゃぐにゃで、でも笑ってるの。で、目が覚めると、窓の外にいるんだよ」

僕は息を飲んだ。

その晩、同じ夢を見た。
白い服の女が、曇り空の下、逆光で見えない顔をこちらに向けて立っている。

「やっと、見てくれたね」

目が覚めると、部屋の窓に水滴の跡が残っていた。
内側から。

六日目。
その人は、家の前に立っていた。
誰にも見えていない。だけど、確かにそこにいる。

僕は外に出なかった。

曇り空の色は、朝から夕方まで変わらなかった。

七日目の朝。

目を覚ますと、部屋が薄暗かった。
カーテンの隙間から外を見ると、真っ白な空。音も、風もない。
静かな、重たい、空気。

ベッドの脇に、誰かが座っていた。

振り返ると、そこにいた。

白い服の女。目のない顔。
口だけが、笑っていた。

「やっと、おそろいになれたね」

彼女の背後に、曇り空が広がっていた。
部屋の窓の外ではなく、彼女の身体の中に。

次の日。
通学路のバス通りに、傘もささずに立っている学生がひとり増えていた。

誰も気に留めなかった。
でも、曇り空の下、彼だけはまっすぐ前を見ていた。