短編
教室の中の
いつもの教室で、ひとりずつ“いないはずの誰か”が増えていく。
「ねえ、あの席って……誰が座ってたっけ?」
昼休み、隣の席の真帆がぽつりとつぶやいた。
教室の一番後ろ、窓側の席。そこに座っていたのが誰だったか、思い出せなかった。
ついさっきまで誰かいたような気がするのに、名前も顔も思い出せない。
「転校でもしたのかな?」
僕は適当に答えた。
でも、出席番号が一人分ずれていることに気づいたのはその日の夜だった。
翌朝、教室に入ると、昨日まで空いていたはずの席に誰かが座っていた。
制服を着た女子生徒。長い髪。
でも、顔が……どうしても思い出せない。見ようとしても、視線が滑る。
そして、誰もそのことを不思議がっていない。
「おはよう、雨宮さん」
真帆が普通にその子に話しかけている。
雨宮? そんな名前の子、いたか?
授業中、雨宮は一言も話さず、ノートも取らず、ただ前を向いて座っていた。
その日の放課後、スマホの連絡帳を見直していたら、「雨宮 葵」の名前があった。
LINEの履歴も、写真も、通話記録も、何もなかった。
けれど、連絡先のアイコンには、教室で見たあの子の顔があった。
その夜、夢を見た。
教室に誰もいない。
机の上に、名札だけがいくつも置かれている。
**雨宮葵
影山圭太
野口七海
??そして、僕の名前**
次の日、教室の席がひとつ増えていた。
いつの間にか“35人”になっていた。僕たちのクラスは、34人のはずだった。
増えた席には、顔のない人影が座っていた。
誰も見ていないふりをしている。でも全員が、それを“知っている”。
「あとひとりで、揃うんだって」
真帆が、にこりと笑った。
「そしたら、ようやく終わるって」
その日、僕の机の引き出しの奥に、見覚えのないノートが入っていた。
一冊まるごと、びっしりと同じ言葉が書かれている。
「ここにいるよ ここにいるよ ここにいるよ」
ページをめくるたび、字が少しずつ乱れていく。
最後のページに書かれていたのは、赤いインクで書かれた一文だった。
「つぎは、あなたの席」
次の日、僕の机がなかった。
代わりに、教室の隅に増えた新しい机に、僕が座っていた。
でもそれは、“僕じゃない”何かだった。
教室の中の誰も、気づいていないふりをしている。
今日もまた、ひとりぶんの席が増えている。