短編
ただいまの保管期限
閉館を控えた町の資料館で働く女性が、長く行き場を失っていた一言の声を見つけ、その持ち主の帰る場所を探す話。
町立音声資料館には、行き場のなくなった声が集まる。
といっても、そんな看板が表に出ているわけではない。表の看板にはただ「潮見町郷土資料館 別館」とあり、古い漁具や祭りの写真が展示されています、と役所らしい無難な文句が添えられているだけだ。けれど、この別館の地下には、閉店した商店街の呼び込み、廃線になった駅の発車ベル、防災無線の試験放送、町内会長のぎこちない演説、運動会で転んだ子どもの泣き声まで、誰にも頼まれないまま保存された音が棚に並んでいた。
私はその地下で、毎日、声の埃を払っている。
カセットテープのラベルを読み、劣化した音源をデータに移し替え、日付と場所と話者が分かるものにはタグを付ける。分からないものには、分からないままの印をつけて箱へ戻す。町は人口より先に記憶が減っていく。せめて記憶の抜け殻だけでも、というのが館長の口癖だった。
十月の終わり、別館そのものが取り壊されることになった。
海が近すぎて基礎が傷んでいるから、という理由だった。資料は本館へ移るが、地下の音声庫は半分ほどしか持っていけない。優先順位をつけてください、と文化課から紙が一枚下りてきた。そのあっさりした文面を見たとき、私は、声にも保管期限があるのだと思った。
その日、最下段の段ボールから一本のマイクロカセットが出てきた。透明なケースに、青いボールペンで小さく「公衆電話」とだけ書いてある。採取年不明。場所も不明。話者も不明。再生すると、最初に潮騒に似たノイズが流れ、それから男の声がひとことだけ入っていた。
「ただいま」
低くも高くもない、ごくふつうの声だった。芝居がかったところがなく、酔ってもいない。帰宅の途中で、玄関を開ける前に、たぶん電話口へこぼしただけの、生活にぴったり沿った「ただいま」だった。
それだけで録音は終わっていた。
私は巻き戻して、もう一度聞いた。二度目に聞くと、その短さが妙に胸に残った。言葉は短いのに、その前後の人生だけが長く感じられる声だった。誰に向けたのか。なぜ公衆電話なのか。なぜ一言しか残っていないのか。
資料番号もないので、正式な収蔵品ですらないのかもしれない。けれど捨てる箱に入れるには、声があまりにまっすぐだった。
昼休みに館長へ聞くと、彼は眼鏡を外して首をひねった。
「公衆電話の音源は昔まとめて引き取ったことがあるな。駅前通りの電話ボックスが撤去されるときだ。商店街の人が、面白がって留守電みたいに録音してたんだよ」
「誰の声か分かりますか」
「そこまではなあ。役場の台帳なら残ってるかもしれんが、電話ボックスの管理はもう民営化の前後でぐちゃぐちゃだ」
ぐちゃぐちゃ、という言い方が可笑しくて、私は少し笑った。笑ったあとで、またあの声を思い出した。ぐちゃぐちゃになったものの中から、たった一言だけが、ずいぶん長い遠回りをして私の机にたどり着いたのだ。
帰り道、私は駅前通りの跡を歩いた。通りといっても、もう店は半分以上閉まっている。靴屋だった場所にはシャッターの錆が流れ、薬局だった場所には貸店舗の紙が斜めに貼られていた。昔、電話ボックスがあった角には、今は自動販売機が二台並んでいる。
隣の魚屋だけがまだ店を開けていた。氷を打つ音が店先まで響いている。私は魚屋の奥さんに、古い公衆電話のことを聞いてみた。
「あったねえ、緑色の。あんた、小さいころあそこで迷子になって泣いてたじゃない」
「そんな話じゃなくて」
「録音? ああ、撤去のとき、若い子らが遊んでたよ。受話器上げて何か吹き込んで。そういえば、あの電話、漁に出た人が家にかけるのによく使ってたね」
私は立ち止まった。
「海の上から?」
「港に戻る前にさ。家に今から着くぞって。携帯なんかない時代だから」
夕方の風が冷たくなっていた。魚屋の奥さんは、鯵のうろこを落としながら、何でもないことのように続けた。
「まあ、帰ってこない人もいたけどね」
帰ってこない人。海辺の町では、その言い方が固有名詞みたいに通じる。
家に帰ると、母は台所で大根を煮ていた。湯気の向こうで、鍋の蓋がかすかに鳴る。私は手を洗ってから、何となく切り出した。
「昔、駅前通りの公衆電話って、よく使った?」
「急に何」
「父さんとか」
母の手が一瞬だけ止まった。けれど包丁はすぐにまた動き、輪切りの大根がまな板の上で白く転がった。
「あの人は、電話が嫌いだった」
「そうだっけ」
「何を話せばいいか分からないって。用件だけで切る人だったでしょ」
そう言って母は笑った。笑い方が、古い引き出しを静かに閉めるみたいだった。
父は私が九歳のとき、冬の海で行方不明になった。船ごとではなく、一人で。夜の港で足を滑らせたのだろうと言われたが、見た人はいない。遺体も見つからなかった。だから母は長いこと喪服の終わり方を決められず、私は「死んだ」と「いなくなった」の中間みたいな記憶の中で育った。
食卓に座っても、私はマイクロカセットのことを言い出せなかった。もし違っていたら、あまりに軽率だと思ったからだ。たった一言の声を、私は何にでも結びつけられてしまう気がした。
翌日、私は保存台帳の古い束をめくった。紙の端は茶色く脆くなり、ページをめくるたび、乾いた葉を触るような音がした。電話ボックス撤去に伴う回収品。寄贈者一覧。その中に、見覚えのある名字を見つけた。
真崎食料品店。
それは、母の旧姓だった。
資料館の閉館準備で忙しいはずの午後、私は休憩をもらって母の実家跡へ向かった。店はもうなく、駐車場になっている。隣のクリーニング店だけが昔のまま残っていた。事情を話すと、白髪の店主は、ああ、と低く声をもらした。
「真崎さんとこ、昔は留守電代わりに店の録音機を貸してたんだよ。家に電話ないお年寄りもいたからね。港からの連絡とか、伝言とか。あの公衆電話と線つないで、短い声だけ預かれるようにしてた」
「預かる?」
「帰ったら伝えるために。店のシャッター閉まってても、翌朝聞けるようにね」
私はしばらく言葉が出なかった。声を保管する習慣は、資料館の地下が始まりではなかったのだ。町は昔から、届き損ねた声をいったん誰かが預かることで、どうにか暮らしてきたのかもしれない。
「それで、父の声だった可能性はありますか」
「さあなあ。でも、あんたのお父さん、港に戻る前だけは電話したがってたよ。照れ屋だから家には直接じゃなくて、店にさ。『今から帰る』じゃなくて、いつも同じことを言ってた」
私はその先を聞く前に、もう分かってしまった。
館へ戻って、地下でひとり再生ボタンを押した。ノイズのあとに、あの声が落ちる。
ただいま。
帰る途中の人間だけが、少し早めに口にする言葉。まだ家の戸を開けてもいないのに、先に声だけを帰らせるための言葉。
その瞬間、私は気づいた。これは帰宅の報告ではない。帰宅という出来事が失われないように、先に町へ預けられた証拠なのだ。
閉館前最後の週末、資料館では小さな催しが開かれた。町の消えていく音を流す「潮見アーカイブの夕べ」。私は担当だった。館長は、どうせ最後なんだから少し遊べ、と言った。廃線のベル、夏祭りの太鼓、商店街の福引きのアナウンス。私はその再生リストの最後に、例の一言をそっと加えた。
母を誘うかどうか、前日まで迷った。結局、何の音が流れるかは言わずに、「閉館前だから」とだけ伝えた。母は薄い灰色のカーディガンを羽織って来た。講堂の後ろの席に、背筋を伸ばして座っていた。
音の夕べは、ささやかに進んだ。笑い声が起きる音、拍手の起きる音、もうない店の名前にざわめく音。人は目に見えないものにも案外反応するのだ、と私は司会台の脇で思った。
最後に、私は少しだけ間を置いた。
「これで、本日の最後の音です。採取年不明、駅前通り公衆電話関連音声」
館長が首を傾げるのが見えた。私は再生ボタンを押した。
ノイズ。
潮騒に似た、遠い擦過音。
それから。
「ただいま」
講堂は、不思議なくらい静かだった。短すぎて、何の音か分からなかった人も多かったはずだ。それでも私は、後ろの席で母の肩がわずかに震えたのを見た。
母は泣かなかった。泣かずに、口の形だけで小さく返した。
おかえり。
その形を見たとき、私は初めて、声には持ち主だけでなく帰る先が必要なのだと思った。テープの中の声は、何十年も保管されていたのではない。返事が見つかるのを待っていたのだ。
催しのあと、母は外のベンチに座って海の匂いを吸い込んだ。夜風が強く、別館の古い外壁がかすかに軋んでいる。
「聞いたこと、あったの」
私は隣に座って尋ねた。
母は首を振った。
「たぶん、店が閉まったあとに入ってたんでしょうね。忙しくて、そのままになったのかも」
「悔しい?」
「少しね」
母は手袋を外し、自分の指先を見た。
「でもね、今でよかった気もするの。あのころ聞いていたら、ずっと玄関で待っていたかもしれないから」
海の見えない夜だった。けれど波の音だけは、ここまで届いていた。
数日後、別館は閉まった。音声庫の箱は新しい棚へ運ばれ、運びきれないものには廃棄の札がついた。私は例のマイクロカセットを、廃棄ではなく寄託不明音源の箱へ入れ直した。正式な来歴は最後まで確定できなかったから、記録には推定も書かなかった。ただ、備考欄に一行だけ加えた。
「返答確認済み」
新しい本館の音声閲覧室は、地下ではなく三階にある。窓が大きく、昼間は海が見える。保存という仕事には似合わないほど明るい部屋だ。けれど私は気に入っている。失くす前提で残すのではなく、残したものをこれから誰かが聞く場所なのだと分かるからだ。
たまに再生機の点検をしていると、無音のヘッドホンの向こうで、あの一言を思い出すことがある。
ただいま。
ありふれた言葉は、ありふれているからこそ、誰かの人生を丸ごとしまっておける。たった五文字で、ひとつの不在が帰る形をとることがある。
だから私は今日も、届きそこねた声の埃を払う。保管期限を延ばすためではない。いつか、その声にちょうどいい返事をする人が現れたとき、ちゃんと手渡せるように。