短編
月に預ける夕食
人が一つだけ記憶を月に保存できる時代、記憶管理士の私はある老女の選択によって、大切なものの尺度を書き換えられる。
月面記憶庫は、名前のわりに静かな施設だった。
市役所の別館の地下に受付があり、窓口は郵便局みたいに番号札で呼ばれる。違うのは、ここへ来る人がたいてい少しだけ身なりを整えていることと、誰もが順番を待つあいだ、自分の膝の上に両手を載せていることだった。
月へ送れる記憶は、一人につき一つだけ。
技術の限界というより、倫理委員会の決定だった。人生を丸ごと残せば、人は過去に住みついて現在を手放す。だから保存は一標本。十分間の主観記録、感覚の揺らぎまで含めた、本人にとって代替の利かない断片だけ。それが死後百年、月の地下で保管される。
私はその選定を補助する記憶管理士だった。
「二十七番の方」
呼ぶと、薄い灰色のコートを着た老女が立った。杖は使っていないが、歩幅は小さい。椅子に座ると、彼女は名前を告げた。
「波多野澄江です」
私は端末を開いた。事前申請には、軽度の記銘障害あり、とある。保存を急ぐ理由として、医師の所見も添えられていた。
「候補の記憶はいくつありますか」
「三つほど考えてきました」と澄江さんは言った。「でも、来る途中で、たぶん一つに決まりました」
たいていの人は迷う。結婚式、子どもの誕生、何かを成し遂げた日。人生の峰を残そうとする。私はその選び方が悪いとは思わない。けれど、月に保存された記憶を後から閲覧する遺族の多くが、思っていたよりよそよそしい、と感想を漏らすことも知っていた。晴れの日の記憶は、きれいだが、しばしばよそ行きだ。
「どんな記憶ですか」
澄江さんは少し笑った。
「夕食です」
私は聞き返さなかった。職業柄、驚いた顔をしない訓練はできている。
「ご主人と?」
「ええ。特別な日ではないの。なんでもない火曜日」
端末に候補名を入力する。
記憶採取には、内容を言葉にしてもらう必要があった。言葉にする過程で、本人の選択が固まるからだ。
「その火曜日を、覚えている範囲で」
「団地の五階でした。台所が狭くて、二人立つとすぐ肩がぶつかる。献立は、たしか鮭と豆腐の味噌汁。それから、ほうれん草のおひたし」
彼女の声は、古い食器の手触りみたいに乾いて、やわらかかった。
「夫はね、味噌汁をよそう前に、いつも一口すすっていたんです。味見じゃなくて、温度を見るために。私、昔、治療の後遺症で口の中の感覚が鈍かったから。熱すぎても気づきにくい時期があって」
そこで彼女は言葉を切った。私はただ待った。
「その火曜日も、夫は先にすすって、それから私の椀を少し遠くに置いたの。まだ熱いからって。私はそれを見て、ああ、この人は今日も私が火傷しない未来を先回りしてくれている、と思ったんです」
地下の空調が、小さく唸っていた。
「結婚式じゃなくていいんですか」と私は訊いた。確認のためだったが、自分の声が少し事務的すぎた気がした。
「結婚式のことも好きですよ。でもね、あの日の夫は、いい夫になろうとしていた。夕食の日の夫は、もうそういう努力をしなくても、自然にそういう人だった」
私は端末の画面を見つめた。保存優先度の評価欄には、情動強度、再現鮮度、自己同一性への寄与、といった項目が並んでいる。どれも必要な指標だ。けれど彼女の言葉は、そのどれにも少しずつ収まりきらなかった。
採取室へ移動すると、澄江さんはヘッドバンド型の読取機を頭につけた。白い半球状の装置が静かに降りてきて、彼女のこめかみのあたりで止まる。
「十分間、できるだけその場にいてください。思い出そうとするより、戻るつもりで」
「わかりました」
照明が落ちた。
採取中、私は補助モニタで記憶の輪郭を見る。個人情報保護のため、細部は霧がかかったようにしか読めない。だが、感情の温度や注意の向きはわかる。
最初に現れたのは、夕方の台所の橙色だった。次に、包丁がまな板に当たる軽い音。湯気。皿の縁の欠け。窓の外の給水塔。どれも平凡で、どれも丁寧だった。
そして、男の手が椀に触れる。少し待つ。もう一度触れる。熱を確かめる。
その一連の動作に、記憶の焦点がやわらかく集まっていくのが見えた。
ここだ、と思った。
事件でも告白でもない。
けれど、この十分間には、二人が長く一緒に暮らした年月が、地層みたいに静かに積もっていた。
採取が終わると、澄江さんは目を開けて、泣いてはいなかった。泣く代わりに、深く息を吐いた。
「ちゃんとありましたか」
「はい」と私は言った。「とても、はっきり」
手続きを終え、彼女を見送ったあと、私はしばらく席に戻れなかった。
私にも、月へ送れる権利がまだ残っていた。父が亡くなって三年、私は記憶を選べずにいる。選ぼうとすると、肝心な場面ほど輪郭が立派すぎて、嘘っぽく感じられた。運動会に来た日。進学祝いの時計。最後に交わした短い会話。どれも間違いではないのに、父そのものではない気がしていた。
定時後、端末を閉じる前に、私は自分の候補一覧を開いた。
そこで初めて、一つ思い出した。
雨の夜、父が台所で梨をむいていた記憶だ。八等分のうち、芯に近い少し甘さの薄い二切れを自分の皿に残して、よく冷えた四切れを黙って私の前に置いた。私はそのとき、そんな順番に意味があるとは思わなかった。ただ、父の手首に雨粒が一つ残っていたことだけを覚えている。
私は申請フォームの空欄に、その火曜日でも記念日でもない夜を書き込んだ。
月面記憶庫に保管されるものは、英雄的な人生の抜粋ではないのかもしれない。
人が誰かを愛していたという事実は、たいてい、もっと小さな動作に宿る。
送信ボタンを押すと、画面の隅に小さな月のアイコンが灯った。
地下には窓がない。それでも私は、今夜の月がよく晴れているような気がした。