短編
四月の郵便受け
取り壊し前の古い団地で最後の管理人を務める女は、宛先のない手紙を通じて、自分が置き去りにしていた返事に向き合う。
団地の郵便受けは、住人より長生きだ。
そう思ったのは、四月になってからだった。
桜の花びらは駐輪場の端に吹き寄せられ、空き部屋だらけの五号棟は、風が通るたびに薄い咳をするみたいに鳴った。私は管理事務所の小さな机で鍵の束を並べ、退去の済んだ部屋に赤鉛筆で線を引いていく。来月には取り壊しが始まる。団地じゅうで、まだ明かりがつく部屋は両手で足りるくらいしかない。
最後の管理人、と呼ばれるのは、少しだけ格好がいい。実際には、忘れ物の傘を処分し、水道の閉栓を立ち会い、誰もいない階段を掃くだけの仕事だ。けれど「最後」という言葉がつくと、何でも物語めいて見える。
四月三日の朝、郵便受けの見回りをしていた私は、三〇二号室に一通の封筒が入っているのを見つけた。
三〇二号室は、去年の秋から空いている。表札ももう外してある。
封筒は生成り色で、差出人の名前がなかった。宛名のところには、こう書いてあった。
「この部屋に、いちばん最後まで残るひとへ」
いたずらにしては丁寧すぎる字だった。丸みがあるのに、どこかためらいのない筆圧で、紙の上をまっすぐ歩いていくような字。私は管理事務所に持ち帰り、カッターで端を切った。
中には便箋が一枚。
『春になったら、ベランダの植木鉢を見てください。
土がまだやわらかければ、あの人は帰ってくるつもりだったのだと思います。
帰ってこられなかったなら、そのままにしてください。
どうか、責めないで。』
文末に署名はなかった。
団地には、置き去りのものが多い。割れたコップ、片方だけのスリッパ、読みかけの文庫本、捨てるには新しすぎるカーテン。人が出ていくとき、持っていくものより残していくもののほうが、その人に似ることがある。けれど手紙だけは、残し方に意思がありすぎて、私は苦手だった。
昼休みに三〇二号室を開けた。
空気は乾いていて、畳の跡が薄く四角く残り、台所の窓に春の光が白くたまっていた。ベランダには確かに植木鉢がひとつだけあった。欠けた素焼きの鉢。中には、何も生えていないように見えた。
指で土に触れると、表面だけが乾いていて、少し掘れば下はしっとりしていた。
私はなぜか、胸の奥を見られたような気持ちになった。
その日の夕方、郵便受けには二通目が来た。今度は管理事務所宛だった。
「最後の管理人さんへ」
『植木鉢の土がやわらかかったなら、窓を一度だけ開けてください。
風が通れば、それで十分です。
もしあなたが忙しすぎる人なら、無理にしなくてもいい。
でも忙しさは、だいたい悲しみの別名です。』
私は手紙を読み終えて、思わず笑った。失礼なひとだ、と思った。
それから、少しだけ泣きたくなった。
忙しさが悲しみの別名。
そんなことを言ったのは、昔、母だった。
母は手紙を書く人だった。買い物のメモまで封筒に入れたがるようなひとで、家のなかにはいつも切手があった。私が高校を出てこの町を離れるときも、母は改札の前で何も言わず、あとで読むようにと小さな封筒を握らせた。私はそれを、引っ越しの段ボールのどこかにしまい込んで、結局読まなかった。読めないまま、母は病院であっけなく亡くなった。
読まなかった手紙というのは、読む機会を失ってから本当の重さを持つ。
私はその夜、三〇二号室の窓を開けた。
春の風が、空っぽの部屋をひとめぐりして、カーテンレールだけになった窓辺を鳴らした。台所の床に落ちていた輪ゴムが、ころりと転がって止まる。その程度のことしか起きなかった。それでも、部屋はほんの少しだけ、息をしたように感じられた。
三通目の手紙は、その二日後に届いた。
『ありがとうございました。
たぶん、あなたはもう気づいている。これは帰れなかった人のための手紙ではありません。
帰れなかったと思い込んでいる人のための手紙です。
植木鉢には、何も植えていませんでした。
土がやわらかいのは、時々だれかが触っていたからです。』
私は手紙を持ったまま、しばらく動けなかった。
団地には、立ち去った住人の記録がある。三〇二号室の最後の契約者を調べれば、名前も年齢もわかるはずだった。でも私は台帳を開かなかった。ここで必要なのは正解ではなく、たぶん返事なのだと思った。
返事を書いたのは、その日の閉所後だった。事務所の引き出しのいちばん奥に、母が昔くれた万年筆が残っていた。インクは古びていたけれど、まだ出た。
『手紙を読みました。
私はたしかに、忙しいふりをしていたのだと思います。
読まなかった手紙が一通あります。
帰れなかったのは、その手紙の前にいた自分かもしれません。
三〇二号室の窓は、今日も開けました。
風は、思ったより静かでした。』
差出人のない手紙に返事を書く場所がわからず、私は封筒の表にこう書いた。
「三〇二号室に手紙を入れたひとへ」
それを郵便受けに戻す自分を、私は少し可笑しいと思った。夜の団地はしんと静かで、遠くの電車の音だけが、線路の存在を忘れさせないように響いていた。
翌朝、封筒は消えていた。
代わりに、郵便受けの底に小さな紙片が残っていた。破ったメモ帳の一部らしく、鉛筆で短く書かれていた。
『読めなかったなら、いま読めばいい。
手紙は、遅れて届くためにあることもあります。』
その日、私は半休を取った。
机の奥、何度も持ち運んで、どの箱に入れたかさえ忘れていた古い缶を開けると、母の封筒は案外すぐに見つかった。白い封筒は少し黄ばんでいて、私の旧姓が、見慣れた癖のある字で書かれていた。
便箋は一枚きりだった。
『元気で、とは書きません。
元気じゃない日もあるだろうから。
でも、返事をしなくていい相手ばかり選んで生きないでください。
返事を待ってくれる人を、こわがらないで。』
たったそれだけだった。
たったそれだけなのに、私は封筒を膝に置いたまま、ずいぶん長く泣いた。
泣き終えて顔を上げると、窓の外で、小学生くらいの女の子が団地の敷地を横切っていくのが見えた。取り壊し前の近道として住民以外も通るのだろう。女の子は立ち止まり、五号棟を見上げ、誰かを待つように少しだけ首をかしげた。けれどすぐに母親らしい人に呼ばれ、駆けていった。
それだけの光景だった。
ただ私は、誰かが来なかった場所にも、誰かのための待ち時間だけは残るのだと知った。
月末、三〇二号室の植木鉢を片づける日が来た。
私は少し迷ってから、その土に庭の隅で見つけた朝顔の種をひとつ埋めた。規則から言えば余計なことだ。けれど、取り壊されるまでの短いあいだ、何かが芽を出してもいい気がした。
管理事務所に戻ると、新しい入居も退去もない団地の電話が珍しく鳴った。
市の別部署からで、解体後の仮設広場の管理員の打診だった。仕事は続くらしい。私は少し考えてから、「お願いします」と答えた。
電話を切って、机の上の母の手紙に目をやる。
返事を待ってくれる人を、こわがらないで。
夕方、最後の見回りで三〇二号室の前を通ると、ベランダの鉢の土が、ほんの少しだけ盛り上がって見えた。気のせいかもしれない。春の光の加減かもしれない。私は確かめず、そのまま鍵を閉めた。
確かめないことが、逃げることではない日もある。
まだ名前のつかないものを、急いで結論にしないためのやさしさもある。
団地の郵便受けは、住人より長生きだ。
でも、長く残るのは箱ではなく、そこで誰かが待ったという事実なのだろう。
私は管理事務所のシャッターを下ろし、鞄のなかの手紙を一度だけ指でなぞった。
返事はもう、遅すぎない。