短編
呪われた食事
家族そろっての食事が、ある日を境に異常な儀式へと変わっていった。
「いただきます」は、すべての始まりだった。
田島家では、昔から家族全員で夕食を囲むのが習慣だった。父・母・高校生の長男・中学生の長女、そして小学三年の次男。決まった時間にテーブルにつき、「いただきます」を唱えてから食事を始める。何の変哲もない、普通の家庭の風景。
変化が起きたのは、春休みのある日だった。
その夜も、いつもと同じように夕食が始まった。メニューはハンバーグ。母の得意料理だった。
「いただきます」
全員が声を揃えた瞬間、父がふと呟いた。
「今夜のは、よくできてるな」
それは褒め言葉に聞こえた。だが、母の反応が妙だった。
「そうね。今夜は“当たり”かもしれないわ」
そう言いながら、ニッコリと笑ったその目が、どこか焦点の合っていないような、不自然な光を宿していた。
それ以来、食卓には奇妙な空気が漂いはじめた。
ある日は、料理に小さな紙切れが混ざっていた。「次はおまえだ」と書かれていた。
ある日は、全員が同時に同じ言葉を呟いた。「血は温かいほうがいい」と。
長男の裕人がそれに気づき、母に問いただそうとしたが、母はただ微笑んで言った。
「食べ物を粗末にしてはいけません。食べるってことは、誰かの命をいただくってことなのよ」
次第に、家族の誰もが無表情で食事をするようになった。テレビも音楽もなし。食器の音だけが、食卓に響いた。
そんなある日、長女の美月が学校を休んだ。理由を聞いても、母は「体調が悪いのよ」と言うだけだった。
だが、その晩の食事には、美月の好物であるエビグラタンが大量に並んだ。
「今日は美月のぶんまで食べましょうね」と母が言ったとき、裕人は箸を止めた。
「……美月、どこにいるんだよ」
誰も答えなかった。ただ、次男の康平だけが、ポロリとこう呟いた。
「さっき、台所で“とけてた”よ」
その言葉に、裕人は立ち上がり、台所へ走った。
シンクの下。異様な臭い。黒い汁のようなものが染み出している床。
その日以降、裕人は食事を拒否した。だが、次第に体が動かなくなっていった。頭の中がぼんやりとして、匂いも味も感じなくなった。
そしてある晩、自分の目の前に並べられた料理を見て、ようやく理解した。
皿の中央には、赤黒い肉の塊。
その上に、眼鏡のフレームがひとつ、飾りのように乗せられていた。
次の週から、田島家ではまた五人分の夕食が並ぶようになった。
「いただきます」と声を揃える家族の中に、かつての裕人の姿があった。
目に光はなく、口元には笑みが貼り付いていた。
――食べるってことは、誰かの命をいただくってこと。
それが、この家のルールなのだ。