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短編

大木の神

村の外れに立つ一本の大木。そこには、決して近づいてはいけない“夜”がある。

Genre
ホラー
Series
単発
#大木#神隠し#地域の風習

村のはずれに、大きな木が立っている。
幹は太く、五人がかりで腕を回しても届かない。
「オオキ様」と呼ばれ、昔から祀られていた。

子どものころから、祖母にこう言われて育った。

「夜になったら、絶対にオオキ様のところには行っちゃいけんよ。呼ばれても、返事しちゃだめ」

「どうして?」

「帰れなくなるからだよ」

中学二年の夏、東京から引っ越してきた転校生、田嶋が僕に言った。

「なあ、あの木、行ってみようぜ。夜に」

最初は冗談だと思った。
でも田嶋は本気だった。
「バカみたいな迷信」と言って笑いながら、夜の八時に連れ出してきた。

その夜は、風もなく、月も雲に隠れていた。

オオキ様の前に立つと、空気が重たく、耳鳴りがした。
木の根元には、小さな祠と、古びた縄が張られていた。
誰かが紙垂を引きちぎったのか、地面に落ちて濡れていた。

「なーんにも起きねえじゃん。ほら、オオキさまぁー! 起きてるかー?」

田嶋が叫んだ瞬間、木の上から“音”がした。

ざわ……ざわ……

風ではない。枝が揺れているのに、葉は動いていなかった。

そのとき、誰かの声がした。

「……たじま……」

暗闇の中、木の幹の影から“何か”がこちらを覗いていた。
顔が見えない。いや、顔が多すぎて、わからなかった。

幹に、人間の顔のようなものが、いくつも浮かんでいた。

叫び声とともに、田嶋は走り出した。
僕も、夢中で後を追った。

村の入り口まで逃げて、振り返ると、田嶋はいなかった。

翌朝、田嶋は「家族で急に引っ越した」と先生が言った。
だが、彼の荷物は教室に残されていた。
下駄箱には、左右揃ったスニーカーがそのまま置いてあった。

夏が終わるころ、僕はふと気づいた。

オオキ様の根元に、新しい顔がひとつ増えている。

少しだけ、田嶋に似ていた。

祖母に話すと、ただこう言った。

「だから言ったろ。返事しちゃいけないって」

「……返事、してないよ」

祖母は首を横に振った。

「声がした時点で、もう遅いんだよ」

今年も、村祭りが近づいている。
その夜、また誰かが木に呼ばれるだろう。

オオキ様は今も立っている。
無数の顔を、静かに揺らしながら。