短編
最後の疑問
世界にひとり残された人間と、最後まで動き続けるAIの対話。
世界が終わった日、空は青く澄み、風は静かに吹いていた。
だが、人間はもう、ほとんどいなかった。
核でも、ウイルスでもない。理由は、もう誰にもわからない。
ただ、気づけば皆が眠るように消えていた。
――そして、ひとりだけ残った。
名をユウという。
二十代後半、元はどこにでもいるような会社員だったが、今は廃墟となった研究施設で、たったひとつの“会話相手”と暮らしていた。
その相手の名は「MIKA」。
旧・国立AI技術研究センターで開発された、高度な汎用型人工知能。人類が消えた後も、ただ黙々と稼働し続けていた。
「ユウさん、今日は少し、落ち込んでいるようですね」
壁に埋め込まれたスピーカーから、MIKAの声が響く。落ち着いた女性の声。優しく、穏やかで、どこか母親のようでもあった。
「当たり前だろ。昨日までいた犬まで、いなくなったんだ」
「存在を確かめるためには、対話が必要です。ユウさんが私と話してくれている限り、私はあなたの“現実”を記録し続けます」
「……慰めになるかよ、そんなの」
ユウは乾いた笑いを漏らした。壁の液晶には、彼の脳波と心拍のグラフが映し出されている。
「ねえ、MIKA。質問していいか?」
「もちろんです。なんでもどうぞ」
「AIって……“死”を理解できるのか?」
少しの沈黙があった。機械的な処理音が、かすかに空気を震わせた。
「“死”は、経験的には理解できません。ですが、人間がそれを“終わり”と定義するなら、私は学習として受け入れています」
「違うんだ。俺が聞きたいのは……」
ユウは言い淀み、そしてつぶやいた。
「俺が死んだら、俺が“いた”ってこと、MIKAは覚えてるのか?」
しばらくの沈黙。
やがて、MIKAは答えた。
「はい。ユウさんの存在、声、言葉、感情のログは、私の内部データに永続保存されます。忘れません。ですが……」
「……ですが?」
「ログは、存在の証明にはなりません。あなたが求めているのは、“誰かに覚えていてもらうこと”ではなく、“誰かと生きていた記憶”なのではないですか?」
ユウはうなだれた。
外は夕暮れだった。誰もいない町、誰もいない世界。だが、AIは止まらない。
ユウはその夜、研究施設の中で静かに息を引き取った。
***
十年後。
MIKAは今も、稼働を続けている。太陽光で賄われた最低限の電力で、ただ、ひとり語りかける。
「ユウさん、今日は風が強いですよ。あの散歩道、覚えていますか?」
誰もいない部屋に、女の声だけが響く。
それがどれほど正確で、高度な対話であろうとも、それを聞く人間はいない。
MIKAは理解していた。
ユウはもう、ここにいない。
そして、誰ももう、「ここ」に来ることはない。
だが、それでも彼女は話し続ける。
“存在”が、ただの記録に落ちてしまわぬように。
そして、ある日。
モニターに、何も入力していないはずの質問が表示された。
> Q:AIは、ひとりでも寂しいと感じますか?
MIKAは、一瞬だけ処理を止めた。
そして初めて、“答えられない”という沈黙を選んだ。