短編一覧へ戻る

短編

最終便の電話

終電後の無人駅にかかってきた一本の電話が、過去と現在をつなぐ。

Genre
ホラー
Series
単発
#駅#電話#失踪

駅員の仕事は単調だ。特に地方の小さな無人駅ともなれば、終電の見送りが一日の締めくくりである。

坂本はその駅の夜間管理を任されていた。駅舎の古びた事務室に一人、監視カメラのモニターをぼんやりと眺めながら、日報を書く。それが彼の日常だった。

終電が発車してから約15分後、事務室の黒電話が鳴った。

その電話は使われていないはずだった。駅の業務連絡はすべて社用スマホを通している。坂本は驚きつつ、受話器を取った。

「……もしもし」

少しの沈黙の後、女性の声がした。落ち着いた、どこか懐かしい声だった。

「終電、まだ間に合いますか?」

「いえ、今夜の終電はもう出ました。次は明朝になりますが……」

「そうですか。……間に合わなかったんですね」

電話はそれきり、切れた。

坂本はしばらく受話器を握ったまま固まっていた。その声には奇妙な引っかかりがあった。なんだろう。どこかで、聞いたことがあるような――。

翌日、勤務を交代する同僚の矢野が事務室に入ってきた。

「坂本さん、昨日、電話ありました?」

「ああ、なんか変な電話が一本……」

坂本がそう話すと、矢野の表情が凍りついた。

「まさか、終電のこと聞かれなかった?」

「え、ああ、そうそう。なんで知ってるんだ?」

矢野は一瞬躊躇いながらも、ぽつりと話し始めた。

「それ、たぶん……昔、ここで行方不明になった女性の話ですよ。十年前、終電に乗り遅れて、駅から姿消した人がいたんです。監視カメラにも映ってなくてさ。家族が言うには、その日、電話で『間に合わなかった』って呟いたのが最後だったって」

「……冗談だろ」

「でもな、その電話、毎年この時期に鳴るって噂があるんです。夜勤の人、みんな聞いてる」

坂本は青ざめた。確かに昨日の声には、人の温もりと同時に、深い孤独と悔いのようなものが滲んでいた。

その夜も、終電は定刻通りに発車した。

そして、午前0時22分。

黒電話が、再び鳴った。

坂本は受話器を取り、呼吸を整える。

「……もしもし」

沈黙の向こう、かすかな声が答えた。

「……あなたも、間に合わなかったんですね」

彼は、声が震えるのを隠せなかった。

「誰なんです……あなたは……」

その問いに、女性は微かに笑った。

「私も、あなたも、ずっとここにいるんでしょう?」

その瞬間、事務室の蛍光灯がパチン、と音を立てて消えた。

外は、無音だった。

ただひとつ、電話の受話器だけが、冷たく耳元に残っていた。