短編
死人駅
電車の人身事故が起きた駅で、青年が“もうひとつのホーム”を見てしまう。
「人身事故のため、上下線に遅れが発生しております」
構内アナウンスが、くぐもった声で流れていた。
夕方のホームは人で溢れていたが、どこか沈黙に包まれていた。
誰もがスマホを見ている。誰もが、目を合わせない。
僕は大学からの帰り道、この駅で電車を待っていた。
5番線ホーム。線路の向こうには6番線がある。
夕焼けに染まるその先に、黒っぽい影が見えた。
ホームの端に、じっと立っている人影。
うつむき、動かない。男か女かも分からない。
「……さっき、あそこで事故があったんだよね?」
隣にいた女子高生が、誰に言うでもなくつぶやいた。
その時、6番線に電車が入ってきた。
徐行運転で、ホームにゆっくりと滑り込む。
でも、ブレーキ音はやけに大きく、ギギギ……と耳を裂くようだった。
その影は動かなかった。
電車が目の前まで迫っても、微動だにしなかった。
僕は目を逸らした。
……そして、次の瞬間。
ホームにいた人たちが、一斉にこちらを見た。
6番線の“向こう側”。
駅の外壁のさらに奥。
フェンスも何もない空間に、もうひとつのホームが“見えて”しまった。
そこに、無数の人影が立っていた。
色のない顔、表情のない目。
皆が、こちらをじっと見ていた。
その中に、知っている顔があった。
高校の時、事故で亡くなった友人。
大学で行方不明になった先輩。
葬式で見た、親戚の誰か。
夢かと思った。
だが、スマホの画面が勝手に点灯した。
画面には、地図アプリが表示されている。
目的地は、「死人駅」。
そんな名前の駅は、存在しないはずだった。
検索しても、記録には出てこない。
でも、画面のマップには、確かにこの駅の下に“もうひとつの駅”が描かれていた。
「……見えちゃったんだね」
後ろから、誰かの声がした。
振り向くと、誰もいなかった。
ホームにはもう、僕ひとりしかいなかった。
アナウンスが再び流れる。
「次の電車は、最終列車です。ご乗車の際は足元にご注意ください」
時計を見ると、時間は18時22分。
さっきまで確かに16時台だったはずなのに。
遠くから電車の音が聞こえる。
その時、ポケットのスマホが震えた。
画面にはメッセージがひとつ。
「戻らないで。乗ったら、おしまい」
送信者の名前は、3年前に死んだはずの友人だった。
電車がホームに入ってくる。
窓から見える乗客の顔は、どれも“真っ白”だった。
乗ってはいけないと分かっていた。
でも足が動いた。ドアが開いた。車内の照明が、青白く光る。
次の瞬間、目の前が真っ暗になった。
***
僕は目を覚ました。
いつもの駅、いつものホーム。人の声、電車の音。
すべてが元通りになっていた。
ただひとつ違っていたのは、誰も僕のことを覚えていなかった。
友人も、家族も。
僕の定期券も、スマホも、名前さえも――すべて、“存在しなかった”ことになっていた。
けれど、駅のホームの端に立つと、今も見える。
6番線の向こう側、薄暗いもうひとつのホーム。
そこに立っている人たちが、少しずつ、こちらへ歩いてくる。
そして、次の電車が入ってきたとき、隣に誰かが立っていた。
それは、あなたの顔だった。