短編
職員会議の部屋
教師たちの間で、存在しないはずの「職員会議室」の話がささやかれていた。
都内のとある中学校に赴任して三年目の教師、佐山は、ある奇妙な噂を耳にした。
「三階の旧職員室の隣、入っちゃいけない部屋があるって、知ってます?」
放課後、職員室で雑談をしていたとき、新任の国語教師・井上がぽつりとそう言った。
「え? 三階って、今は理科準備室しかないだろ?」
他の教員が笑うと、井上は小声で付け加えた。
「でも、あそこ、夜になると明かりがついてるんです。誰もいないはずなのに」
佐山は笑い飛ばしたものの、その晩、なんとなく気になって三階へ行ってみた。確かに、理科準備室の隣に、古びたドアがあった。プレートは外されていたが、塗装の跡から「職員会議室」と読めた。
扉には鍵がかかっていた。しかし、ドアの隙間から、うっすらと光が漏れている。
――誰か、いるのか?
翌日、校長にそれとなく尋ねてみると、驚いたような顔をされた。
「職員会議室? あそこはもう使われてないよ。十五年前に閉鎖された。生徒が転落した事故があってね、それ以来、立ち入り禁止にしてあるんだ」
その話を聞いて、佐山は一気に興味を引かれた。
事故の詳細は伏せられていたが、噂では、生徒指導をめぐって教師と生徒の間に激しい言い争いがあり、生徒が自ら屋上から――と囁かれていた。
その夜、佐山はこっそりと三階に向かった。懐中電灯を手に、静まり返った廊下を歩く。あのドアの前に立つと、やはり中から明かりが漏れていた。
ドアノブをそっと回すと――開いた。
軋む音とともに開いたその部屋の中には、十人ほどの教師がいた。
円形のテーブルを囲み、無言で書類に目を通していた。服装は古く、どこか昭和の空気をまとっていた。
誰もこちらに気づかない。
佐山は一歩踏み込んだ。
その瞬間、全員の顔が、同時にこちらを向いた。
目が、真っ黒だった。白目も、瞳も、何もない。
「……議題は、新任教員の処遇について」
一人の男がそう口にした。無表情のまま、手にした書類にゆっくりと朱を入れる。
「名前は、佐山直樹。三年目。探ってはならないものを、探った」
ざらついた声で、別の教師が続けた。
「賛成の方は――挙手を」
全員の手が、ぬるりと上がった。
佐山は叫び声をあげ、ドアを蹴破るようにして逃げ出した。
翌朝、三階のその場所には、ただ白い壁があるだけだった。
校長に再度確認すると、「そんな部屋は最初から存在しない」と言われた。
けれど、その日以降、佐山の机の上には毎朝、見覚えのない書類が一枚ずつ置かれるようになった。
いずれも、教師の名前と、処遇案。そしてすべての欄には、赤い朱で「承認済」の印。
――次は、誰の番だろうか。