短編
台風の夜
台風で孤立した家の中で、家族の誰かが“増えている”。
夜、風の唸る音で目が覚めた。
家は築三十年の木造住宅で、こうした台風の夜には、壁が軋む音や雨の跳ねる音がいやに響く。
中学二年の俺は、停電した部屋の中で、スマホのライトをつけて天井を見つめていた。
階下から、何かがきしむ音がする。
誰かが歩いている音。足音はゆっくりで、妙に重たい。
「……お父さん?」
声をかけようかと思ったが、思いとどまった。
両親も妹も、すでに寝ているはずだった。
それに、父の足音はもっと速くてリズムがある。
今のは、まるで――ずっと足を引きずっているみたいな。
翌朝、台風はまだ通過中だったが、風雨は弱まっていた。
停電は続いていたが、家の中は静かだった。
食卓に家族がそろった時、妙な違和感を覚えた。
「……5人いる?」
俺を含めて、いつもは4人。父、母、妹、そして俺。
だが、今、椅子がひとつ多かった。
父も母も、何も言わない。
妹はスープをすくいながら、こうつぶやいた。
「昨日の夜、誰か帰ってきたよね?」
一瞬、空気が凍った。
誰も、なにも言わなかった。
夜になると、家の中に見慣れない靴が置かれていた。
サイズは俺と同じくらい。でも、泥だらけで、どこか古びていた。
風の音がまた強くなってくる。
ふと、リビングのソファに目をやると、“誰か”が座っていた。
こちらに背を向けたまま、微動だにしない影。
家族に聞いたが、誰もそれについて触れなかった。
父はただ、「今夜も風が強いから、外に出るなよ」とだけ言った。
その夜、また足音がした。
今度は二人分。家の中をゆっくりと歩くような音。
ふと、妹の部屋を覗くと、ベッドに誰かが二人、並んで寝ていた。
声を上げられなかった。
その“もう一人”がこちらを見たとき、顔が妹と同じだったからだ。
翌朝、食卓には6人分の皿が並んでいた。
家族は、笑っていた。誰も違和感を覚えていないようだった。
いや――違う。
俺以外の“全員”が、最初からあの“誰か”を受け入れているように見えた。
その日から、少しずつ家の中が狭くなってきた気がする。
物が増えている。部屋の配置が変わっている。
知らない家具、知らない服、知らない写真――でも、それを家族は当然のように扱う。
俺だけが、取り残されていく。
今、台風がまた近づいている。
雨が強くなり、風が窓を揺らしている。
そして階下から、足音が――“3人分”に増えていた。
誰が増えたのか、もう分からない。
でも、きっと次は――俺の席が、なくなる。