短編
選ばれざる道
新しい地図アプリを使い始めた主人公は、アプリが示す奇妙なルートに導かれ、次第に日常から逸脱していく。
主人公、健司は「NostrNavi」という新しい地図アプリを試していた。「誰も知らない最短ルート」を謳うそのアプリは、確かに今まで使っていた大手サービスより数分早く目的地に着けることが多かった。しかし、そのルートは決まって薄暗い路地裏や、昼間でも人の気配のない寂れた商店街のアーケード、私有地ではないかと不安になるような細い道ばかりだった。
「またこの道か…」
ある夜、郊外に住む友人の家からの帰り道、健司はうんざりしながらもNostrNaviを起動した。案の定、アプリが示したのは国道を外れ、街灯もまばらな暗い河川敷へと続く未舗装路だった。
「本当にこの道が一番早いのか?」
健司は訝しんだが、アプリの無機質な合成音声は「300メートル先、道なりです」と繰り返すばかり。不気味に思いながらも、彼はハンドルを切り、砂利道をゆっくりと進んだ。川のよどんだ水の匂いが車内に入り込んでくる。タイヤが砂利を踏む音以外、何も聞こえない。まるで世界に一人取り残されたような感覚だった。
しばらく進むと、ヘッドライトの先に、一台の錆びついた軽自動車が乗り捨てられているのが見えた。窓ガラスは割れ、車体は蔦に覆われ始めている。気味が悪い。早くこの道から出たい。アクセルを踏み込もうとした、その時。
「次の目的地は、100メートル先、右です」
アプリが唐突に言った。
「次の目的地?俺は自宅しか設定してないぞ」
健司がそう呟いた瞬間、車のヘッドライトが前方に何かを捉えた。赤く剥げかけた、古びた鳥居だ。その奥は深い闇に包まれていて、何も見えない。鳥居のすぐ手前で、道は途切れていた。
「目的地に到着しました。お疲れ様でした」
アプリの音声は、なぜか少しだけ嬉しそうに聞こえた。健司は動けなかった。鳥居の向こうの闇から、無数の何かがじっとこちらを見ているような、圧倒的な気配を感じる。背筋が凍りつき、呼吸が浅くなる。
逃げなければ。
健司がシフトレバーに手をかけた、その時。ポケットのスマートフォンが強く震えた。画面には新しい通知が表示されている。
「新しいルートが見つかりました。次のご案内を開始しますか?」
そのメッセージの下には、選択肢のない、大きな「はい」のボタンだけが青白く光っていた。そして、そのボタンの下に、小さな文字が添えられていた。
「もう、戻れませんよ」