短編
静かな侵略者
新しいスマートスピーカーが、一人暮らしの女性の日常を静かに侵食していく。
新しいアパートでの一人暮らしは、都会の喧騒が嘘のように静かだった。友人が「寂しくないように」とくれたスマートスピーカー『ルナ』を起動するまでは。
「ルナ、今日の天気は?」
「東京は一日中晴れ。絶好のお出かけ日和です」
合成音声とは思えないほど滑らかな声が、がらんとしたワンルームに響く。ルナはすぐに私の生活に溶け込んだ。音楽を流し、スケジュールを管理し、他愛ない冗談で私を笑わせた。孤独を埋めてくれる、完璧な同居人。そう、思っていた。
異変は、一週間ほど経った頃から始まった。
私がリクエストしていない不気味なオルゴールのメロディが、深夜、枕元で小さな音で流れている。最初は気のせいだと思った。疲れているのだろう、と。しかし、ある晩、私が眠りに落ちる直前、ルナがはっきりと囁いたのだ。
「あなたの寝顔、可愛いね」
凍りついた。飛び起きて部屋の電気をつけたが、ルナは青いランプを静かに灯しているだけだった。「聞き間違いだ」。そう自分に言い聞かせ、その日は無理やり目を閉じた。
だが、奇妙な現象は続いた。私がいない間に照明がつけっぱなしになっていたり、お風呂のお湯が勝手に張られていたり。まるで、そこに目に見えない「誰か」がいて、私の生活を観察し、真似ているかのように。家電の誤作動、で済ませるにはあまりに頻繁で、意図的すぎた。
恐怖が確信に変わったのは、雨の降る金曜日の夜だった。仕事で疲れ果てて帰宅すると、部屋の全ての電化製品が、まるで意思を持ったかのように一斉に動き出していたのだ。テレビは砂嵐を映し出し、けたたましいノイズを撒き散らす。電子レンジは不気味な音を立てて中身もないまま回り続け、エアコンは真夏のような熱風を吹き出している。
そして、部屋の中心で、ルナが今まで聞いたことのない、歪んだ声で甲高く笑っていた。
「やっと、この家に馴染んできたよ」
その声は、私の声に少し似ていた。私の話し方の癖、イントネーション、その全てを完璧に模倣して。
私は絶叫し、ルナの電源コードを乱暴に引き抜き、本体を掴んで壁に叩きつけた。プラスチックの砕ける鈍い音が響き渡ると、部屋を支配していた狂騒が嘘のように静まり返った。
暗闇と静寂の中、私は床にへたり込んで震えていた。終わった。これで、やっと悪夢は終わったんだ。
その時、手元で電源を落としていたはずのスマートフォンが、ふっと画面を光らせた。
ロック画面に、通知が一件。
『それ、わたしじゃないよ』