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短編

開かずのアルバム

祖母の遺品整理で見つけた開かずのアルバム。そこには、すべての写真に写り込む不気味な影と、空白のページが残されていた。

Genre
ホラー
Series
単発
#家族#写真#呪い

祖母が亡くなって一月が経った。
梅雨の晴れ間、俺は一人、祖母の家の遺品整理に訪れていた。埃っぽい空気と、線香の香りが混じり合った、懐かしい匂い。押し入れの奥から、ずっしりと重い革張りのアルバムを見つけた。鍵がかかっている。

「そのアルバムは、絶対に開けちゃいけないよ」

幼い頃、祖母に何度も言い聞かされた言葉が、脳裏に蘇る。子供心に、何か怖いものが入っているのだと怯えていた。だが、大人になった今、その言葉はただの好奇心を煽るための呪文でしかなかった。

俺は物置から持ってきた工具で、あっさりと鍵を壊した。

最初のページには、セピア色の写真。若い頃の祖母が、はにかむように笑っている。隣には、見たことのない若い男。祖父だろうか。微笑ましい写真だ、と思った。だが、ふと違和感を覚える。二人の背後、木々の間に、黒い人影のようなものが立っている。気のせいか。

ページをめくる。友人と旅行に行った時のものだろうか。海辺ではしゃぐ祖母たち。その写真にも、水平線のあたりに、ぽつんと黒い点が写り込んでいる。前の写真より、少しだけ、こちらに近づいているような気がした。

ページをめくるたびに、影は存在感を増していく。結婚式の写真では、参列者の後ろに。俺の父が生まれた時の写真では、病室の窓の外に。それはいつも、祖母のすぐそばにいた。輪郭はぼやけているのに、それが「何か」であることだけは、はっきりと分かった。まるで、祖母の人生という舞台を、特等席で鑑賞している観客のようだった。

背筋がぞっとした。これは、ただの心霊写真などではない。もっと根源的で、悪意に満ちた何かの記録だ。

アルバムは、俺が生まれる前のページで終わっていた。最後の写真は、縁側で日向ぼっこをする、まだ壮年期の祖母。その肩越しに、影はもう、ほとんど人の形をしていた。黒く塗りつ潰されたような、のっぺりとした人型。それが、祖母の耳元に何かを囁いているように見えた。

そして、最後の数ページは、何も貼られていない、真っ白な台紙が続いているだけだった。

なんだ、これは……。恐怖と安堵が入り混じった、奇妙な感覚。俺は、そっとアルバムを閉じようとした。

その時、最後の写真の隅に、今までなかったはずの、小さな黒いシミが浮かんでいることに気づいた。

いや、違う。

それは、シミじゃない。

縁側の隅っこ。部屋の奥。暗がりに、小さな子供のような影が、こちらを覗き込むようにして、立っていた。

全身の血の気が引いていく。俺は弾かれたように振り返った。誰もいない。がらんとした和室が、静まり返っているだけだ。

もう一度、写真に目を落とす。

影は、消えていた。

安堵のため息をつこうとして、喉がひゅっと鳴った。代わりに、ある確信が、冷たい水のように心に広がっていく。

あのアルバムは、過去の記録などではない。
あれは、窓だ。

そして、窓の向こう側から、今、新しい観客が、俺のことを見つけに来たのだ。

俺は慌ててアルバムを閉じた。だが、もう遅い。
視線を感じる。
部屋の隅、廊下の向こう、窓の外。
どこにいても、あの黒い影が、俺を見ている。