短編
透明ポストの挨拶
閉鎖された旧郵便局の前にだけ現れる透明なポストへ手紙を入れた青年が、宛先のない想いに返事を受け取る短編。
商店街のはずれに、もう郵便局ではない建物がある。
赤かったはずの看板は日に灼けて桃色になり、庇の下には、外されたポストの跡だけが四角く残っている。いまは古本屋になる予定だとか、取り壊して駐車場にするらしいとか、誰に聞いても違う話が返ってきた。確かなのは、そこに勤めていた人たちも、切手の匂いも、午後三時の足音も、もうないということだけだった。
雨の降る木曜の夕方、その跡地の前に、透明なポストが立っていた。
透き通っていて、向こうの景色が少し歪んで見える。ガラスというより、水を四角く固めたみたいだった。差入口には錆ひとつない銀の蓋がついていて、脇に小さく「お届けできないものも、お預かりします」と書かれていた。
僕はその文句を、最初は近くの誰かの悪ふざけだと思った。
その日、会社で人事異動の内示が出た。希望していた部署ではなく、遠い支店への転勤だった。断れない程度には栄転で、喜ぶべきことでもあった。けれど帰り道、駅からの商店街を歩きながら、僕は二年前に死んだ姉のことを考えていた。彼女は昔、この旧郵便局で働いていて、手紙というものを妙に信じていた。
「言葉は遅れて届くからいいんだよ」
高校生だった僕が、返事の来ないラブレターを机の引き出しに突っ込んでふてくされていたとき、姉はそう言って笑った。即座に既読がつく時代に、そんな悠長な理屈は古びていると思った。でも姉は、消印を指でなぞりながら、遅れて届くから人は少しだけ正直になれるのだと本気で言っていた。
その姉に、僕は最後まで言えなかったことがある。
病室で、見舞いの果物を剥きながら、何度も喉元まで来たのに、結局ひとつも声にならなかった。ありがとうも、ごめんも、先に死なないでくれも、ちゃんと働けるようになったら何か奢るよも。言えなかった言葉は、時間が経つほど軽くならず、湿気た服みたいにずっと胸の内側に貼りついていた。
だから、透明なポストを見たとき、僕は笑えなかった。
ひどく疲れていたせいかもしれない。雨のせいかもしれない。あるいは、もうすぐこの町を離れるせいで、少しだけ何かに甘くなっていたのかもしれない。
近くのコンビニで便箋を買った。傘を脇に立てかけ、旧郵便局の軒下で、濡れた手のまま書いた。
姉さんへ。
転勤が決まりました。たぶん姉さんなら、よかったじゃんと言うと思います。
でも、最初に報告したい相手がいないのは、思ったより変です。
あのとき何も言えなくてごめん。
僕は姉さんに助けられてばかりでした。
ありがとう。
できれば一度だけ、ちゃんと返事がほしいです。
自分でもずるい文面だと思った。死んだ人に返事を求めるなんて、子どもじみている。けれど紙を折って差入口に入れると、銀の蓋は驚くほど柔らかく開き、手紙は水に沈むみたいに、音もなく消えた。
翌朝、透明なポストはなくなっていた。
跡地にはただ、濡れたアスファルトと、剥がれかけたテープだけがあった。僕は少し安心し、少し失望した。そんなものだろうと思った。疲れた頭が、都合のいいものを見せただけだと。
それでも三日後、古いアパートの郵便受けに、一通の封筒が入っていた。
切手も消印もなく、宛名は僕の名前だけ。丸みのある字で、苗字の最後の払いが少し長い。その癖を僕は知っていた。姉は昔から、そこだけわずかに筆圧が抜ける。
部屋に入って、しばらく封を切れなかった。冷蔵庫の低い唸りだけがして、窓の外で自転車のベルが一度鳴った。ありふれた音ばかりが、かえって現実を遠ざけた。
便箋は一枚だった。
返事がほしいなんて、あんたもまだまだだね。
まず、転勤おめでとう。
ちゃんと嬉しいことは嬉しいって思いなさい。
私に言えなかったこと、いま言えたならそれで十分です。
人は間に合わないことがあるけど、言葉は少し遅れて届くから。
それに、助けた覚えはあっても、助けられてばかりだった覚えはないよ。
果物、下手だったね。りんご、ほとんど四角だった。
でも、あれは嬉しかった。
追伸。
旧局の前を通るなら、たまには挨拶すること。
いなくなった場所ほど、挨拶はよく響くから。
涙は出なかった。代わりに、何年も動かなかった部品が、胸のどこかで静かに噛み合う感じがした。便箋を膝の上に置いたまま、僕は何度も最後の一行を読み返した。いなくなった場所ほど、挨拶はよく響く。姉らしい、理屈っぽくて少し詩人ぶった文だった。
もちろん、誰かのいたずらかもしれない。僕が昔、姉の字を真似て遊んでいたことを知る人間はいる。あるいは自分で自分に都合のよい記憶を上書きしただけなのかもしれない。
それでも、文の中にあった「四角いりんご」のことは、誰にも話したことがなかった。姉と僕だけの、取るに足らない失敗だった。取るに足らないからこそ、そこにしか残らない真実もある。
転勤の日が来るまで、僕は何度か旧郵便局の前を通った。透明なポストは二度と現れなかった。だが、庇の下に立つたび、僕は小さく会釈した。最初は照れくさく、次第に習慣みたいになった。通りがかりの八百屋のおばさんに「誰かいるの」と笑われたこともある。僕は「昔の知り合いです」と答えた。嘘ではなかった。
出発の朝、スーツケースを引いて最後にその前へ行くと、建物のガラス戸に「古本・古手紙 近日開店」と紙が貼られていた。古本はわかる。古手紙というのが妙に気になって、僕は戸に顔を寄せた。中では改装の途中らしく、棚がまだまばらだった。その一角に、小さな展示台があり、札が添えられている。
宛先のない手紙、展示予定。
その文字を見たとき、胸の奥で何かが軽く笑った気がした。姉なら、ほらね、とでも言うだろう。届け先がなくても、行き場のない言葉はなくならない。どこかで誰かの手を経て、思いがけない時刻に、思いがけない顔で戻ってくる。
僕はガラス戸に映る自分へ、少しだけ背筋を伸ばしてみせた。見送りに来た相手がいるような顔で、駅の方へ向き直る。
あの透明なポストが本当にあったのかどうか、いまでもわからない。
ただ、町を離れて半年が過ぎたころ、新しい部屋の郵便受けに、差出人のない一枚のカードが入っていた。白紙かと思ったら、角度を変えたときだけ、薄い銀色の文字が見えた。
ちゃんと挨拶してる?
僕は思わず笑って、まだ荷ほどきの済んでいない部屋を見回した。それから机に向かい、便箋を一枚出した。返事を書くためではない。こちらから先に、届けたい言葉がいくつかあったからだ。遅れて届いてもかまわない言葉を、人はときどき、自分の今日のために書くのだと、ようやく少しわかりはじめていた。