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短編

二分先の時計

正確さを信じる若い店番が、商店街の古い時計に隠されていた「二分のやさしさ」を知る話。

Genre
現代ドラマ
Series
単発
#時計#商店街#時間#小さな善意#再出発

商店街のアーケード中央には、丸い時計がぶら下がっている。

白い文字盤に黒い針、飾り気のない時計だったが、この町の人はみな腕時計より先にあれを見た。八百屋の店じまいも、塾へ急ぐ子どもの駆け足も、クリーニング店のシャッターが半分降りる時刻も、だいたいあの時計に従っていた。

私は春から、その時計の面倒を見ることになった。

駅前の電器店を畳んだ叔父が、店の倉庫に残していた工具箱を私に渡したからだ。私は都会で精密機器の検査をしていたが、母が足を悪くしたのをきっかけに町へ戻り、電器店の片付けと細々した修理の仕事を引き受けていた。商店街の組合長は、私が以前「秒単位の誤差を見つける仕事」をしていたと聞いて、いかにも安心した顔で言った。

「真面目な人に見てもらえるなら、あの時計も喜ぶ」

そのとき私は、時計が喜ぶも何も、時間は正しければ正しいほどいいと思っていた。

最初に脚立へ上って文字盤を開けたとき、私は少し驚いた。時計は二分、進んでいた。

故障ではなかった。内部はきれいに整えられ、針の遅れも進みもきちんと調整されたうえで、意図的に二分だけ先へ送られている。前に管理していたのは、去年亡くなった久保田さんだった。商店街のなんでも屋みたいな人で、電球も直せば自転車のブレーキも見て、夏祭りには焼きそばまで焼いていた。

私はその日のうちに時計を「正しい時刻」に合わせた。

やるべきことをやっただけだった。

ところが、その翌日から妙なことが続いた。

昼すぎ、パン屋の前で小学生の男の子が息を切らしていた。いつもなら余裕で乗れるはずのスイミングの送迎バスに、あと少しで間に合わなかったという。夕方には、花屋の娘さんが店先で苛立ったようにスマートフォンを見つめていた。病院へ行く路線バスが出たばかりだったらしい。閉店間際の薬局では、年配の男性が「今日はやけに一日が短いな」と笑いながら、実際には少し困った顔をしていた。

どれも些細なことだった。二分くらいで大げさな、と私は思った。

だが三日目、クリーニング店の紺野さんに呼び止められた。

「時計、直したでしょう」

「はい。進んでいたので」

紺野さんはワイシャツに霧を吹きながら、しばらく黙っていた。細い指が、白い布のしわをなぞるように動く。

「前のほうがよかったわ」

責める口調ではなかった。ただ、よく晴れた日の影みたいに、静かな言い方だった。

「正確じゃないと困りませんか」

「正確で困ることもあるのよ」

私は意味がわからず、曖昧に笑った。紺野さんはアイロンを置いて、少しだけこちらを見た。

「この商店街の人はね、あの時計を見て動くの。二分進んでるって知ってる人も、知らない人もいる。でも、みんなあの二分に助けられてたのよ。待ち合わせに遅れないように、バスを逃さないように、言いそびれたひと言をまだ言えるように」

それから、少し笑った。

「久保田さん、そういう人だったでしょう」

私は久保田さんをよく知らない。子どものころ、夏祭りのたびにラムネを一本余分にくれたことだけ覚えている。

その晩、叔父の倉庫でもう一度、工具箱を開けた。底に古い手帳が入っていた。修理の型番や部品の品名に混じって、短い走り書きがいくつかある。

「商店街の時計 二分進み」
「せっかちな町にはちょうどいい」
「いや、せっかちではないな」
「みんなやさしいから、自分のことを後回しにする」
「二分くらい先に未来があれば、人は少し間に合う」

久保田さんの字は、途中から何度かかすれていた。

翌日から、私は商店街を歩くとき、時計ではなく人を見るようになった。

総菜屋の奥さんは、閉店十分前でも最後のお客さんの揚げ物を待ってしまう。そのせいで自分の夕飯はいつも遅くなる。文具店の店主は、テスト前の中学生が消しゴムを落とすと、会計の途中でもいっしょにしゃがんで探してしまう。花屋の娘さんは、病院へ行く前に必ず店先のバケツの水を替える。誰もかれも、自分の時間を少しずつ人に渡しているみたいだった。

正確な時計は、その小さな持ち出しを容赦なく切り捨てた。

週末、午後から雨の予報だった。

空はまだ明るいのに、風だけがひんやりして、アーケードの端で紙くずがくるくる回っていた。私は脚立を担いで時計の下へ行った。商店街では月に一度の古本市があり、人通りがいつもより多かった。子ども連れも、年寄りも、みな空模様を気にしながら、それでも品定めに夢中になっている。

そのとき、花屋の娘さんが店から飛び出してきた。エプロン姿のまま、財布だけ握って駅前のバス停へ走っていく。向かいから紺野さんが、「お父さん、また熱が上がったって」と私にだけ聞こえる声で言った。

時計を見る。バスまでは、あと二分しかない。

正確な時刻だった。

私は考えるより先に脚立へ上り、ガラスを開け、針に触れた。工具はいらない。毎日見ていたから、どのくらい動かせばいいかわかる。長針をわずかに進める。時計は軽く抵抗して、それからするりと未来へ滑った。

アーケードの奥で、時報のベルが鳴る。

娘さんが顔を上げる。バス停のほうで、ちょうど車体が見えた。運転手はこちらを見て、まだ発車していない。彼女は最後の数歩を走り切り、手すりをつかんで乗り込んだ。扉が閉まる寸前、こちらへ深く頭を下げたように見えたが、雨の匂いを含んだ風のせいで、私ははっきりとは見えなかった。

その夕方、最初の雨粒がアーケードの外側を濡らしたころ、紺野さんが傘をたたみながら私のところへ来た。

「戻したのね」

「二分だけです」

「うん」

「正しい時間じゃなくなりました」

紺野さんは肩をすくめた。

「正しさにもいろいろあるわ」

私は笑ってしまった。負けた気はしなかった。ようやく話が通じた気がした。

それから商店街の時計は、また二分先を指すようになった。

誰も張り紙を出さないし、組合会議で議題にもならない。進んでいると気づく人もいれば、気づかない人もいる。それでも夕方になると、総菜屋の奥さんは少しだけ早く店じまいを始め、塾帰りの子どもは慌てずに横断歩道を渡り、文具店の店主は客を見送ったあとで、ちゃんと温かいうちにコーヒーを飲めるようになった。

私はときどき脚立に上って、針の様子を見る。

空気の湿り気や、季節の癖や、機械のかすかな疲れのせいで、時計は少しずつ狂う。そのたびに私は調整する。秒まで合わせることはしない。二分先のまま、だれかが今日に間に合う程度に。

正確さを手放したというより、私は別の正しさを覚えたのだと思う。

夜、アーケードの照明が一本ずつ落ちていく。最後に見上げる時計は、いつも私より少し先の時刻にいる。そのささやかな先回りが、この町の一日をなんとか受け止めているように見える。

未来なんて大げさなものではない。

たった二分だ。

けれど人が人に譲ってしまうものを、そっと返してやるには、それで充分なのだ。