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短編

アンダーコメント

動画配信サイトのコメント欄に奇妙な予言を見つけた男は、その謎を追ううちに日常が崩壊していく。

Genre
ホラー
Series
単発
#テクノロジー#日常#配信

洋平がその奇妙なコメントに初めて気づいたのは、何の変哲もない火曜の深夜だった。ベッドに寝転がり、スマートフォンの画面を眺める。映っているのは、特に人気があるわけでもない男性が、ただ夜の住宅街を散歩するだけの生配信だ。視聴者は三百人ほど。流れていくコメントも「主、どこ住み?」「眠れない人おるー?」といった、ありふれたものばかり。

その中に、それは紛れ込んでいた。

『次の角、女が落ちてくる』

一瞬だった。ノイズのように掠れた細いフォント。他のコメントとは明らかに異質だったが、あまりに速く消えたため、洋平は気のせいかと思った。指で画面をスクロールしてログを遡るが、そんなコメントはどこにも見当たらない。

翌朝、出勤途中に見たニュースアプリの速報が、洋平を凍り付かせた。『昨夜未明、〇〇区のマンションから女性が転落死』。記事に表示された地図は、昨夜の配信者が歩いていた場所と不気味なほど一致していた。

それからだ。洋平は「アンダーコメント」と名付けたそれに憑りつかれるようになった。それは、どんな配信にも現れるわけではなかった。共通点は、リアルタイムの生配信であることだけ。そして、必ず何かが起こる直前に、一瞬だけ表示されて消える。

『三秒後、猫が飛び出す』
『このトンネル、照明が一つ切れてる』

些細な予言が続く。洋平は必死でスクリーンショットを試みたが、なぜかそのコメントだけは画像に残らない。録画しても同じだった。まるで、洋平の網膜に直接焼き付けられているかのようだ。

友人や同僚に話しても、誰も本気にしてくれない。「疲れてるんだよ」「考えすぎだ」と笑われるだけ。証拠がないのだから当然だった。洋平は次第に孤立し、会社も休みがちになった。食事も睡眠も忘れ、来る日も来る日もスマートフォンの画面に齧り付いた。目的は、アンダーコメントを捉え、その謎を突き止めること。

ある晩、洋平は雑居ビルの屋上から街を映す固定カメラの配信を見ていた。視聴者はわずか五十人。コメントもまばらだ。洋平の目は、画面の端から端まで、異質な文字列が紛れ込むのを見逃すまいと血走っていた。

その時だった。画面の中央、一番太いコメントの流れに逆らうように、下から上へとゆっくり昇ってくるアンダーコメントが現れた。いつもと違う。消えない。

『お前を見ているのは、こっちだ』

心臓が鷲掴みにされたように痛んだ。違う。これは予言じゃない。これは、洋平に向けられたメッセージだ。誰が?どこから?

恐怖に駆られ、洋平は部屋のカーテンを勢いよく閉めた。鍵も確認した。ドアチェーンも掛けた。狭いワンルームのアパート。隠れる場所などない。震える手でスマートフォンを握りしめ、配信画面に戻る。

アンダーコメントは、まだそこにあった。そして、新たな一文が、ゆっくりと、一文字ずつ、その下に現れ始めた。

『いま、お前のうしろに』

洋平は息を呑んだ。ゆっくりと、本当にゆっくりと、首だけを捻って背後を振り返る。

そこには、誰もいない。見慣れた自室の壁紙があるだけだ。安堵のため息が漏れる。やはり、すべては幻覚だったのか。疲れが生み出した妄想だったのか。

自嘲気味に笑いながら、洋平は再びスマートフォンの画面に視線を落とした。

画面の中の配信映像が、少しだけ、ほんの少しだけ、角度を変えていた。さっきまではビルの屋上から真下を映していたはずなのに、今は少しだけ、こちら側を、洋平の部屋の窓の方を、見上げているような気がした。気のせいではない。画面の隅に、自分のアパートの窓が、確かに映り込んでいた。

そして、その画面に、最後のアンダーコメントが浮かび上がった。

『窓を開けろ』