短編
壁の返事
取り壊し前の団地に通う男が、隣室との境の壁から返事を聞くたび、失われたはずの記憶に少しずつ居場所を奪われていく。
その団地は、もう半分ほど死んでいた。
窓という窓に板が打たれ、共用廊下には砂と虫の翅ばかりが溜まっている。取り壊しは来月に決まっていて、私の仕事は、各戸に残された粗大ごみの確認と、忘れ物の仕分けだった。市から委託を受けた業者の名札をぶら下げ、私は毎夕、四階建ての古い棟を一つずつ巡った。
五号棟の三〇七号室だけが、どうにも気になっていた。
部屋そのものに変わったところはない。六畳二間、狭い台所、黄ばんだ換気扇、剥がれた襖。古い暮らしのにおいが抜けきらず、空っぽのくせに、人がちょっと外へ出ているだけのようにも見える。問題は、その奥の壁だった。三〇八号室と接しているはずの薄い壁に、耳を寄せると、ときどき向こうから小さく返事がするのだ。
最初は、配管の音だと思った。
私が台帳を見ながら独り言をこぼしたときだった。
「食器棚、残置一」
すると壁の向こうで、女の声がした。
「はい」
息を呑んで振り返ったが、部屋には誰もいない。三〇八号室は施錠済みで、入居者は八年前に死亡、以後空室のままだと記録にある。私は妙な汗をかきながら隣室を確認した。玄関の封印シールは切れておらず、窓も内側から埃に塞がれていた。
その日は、疲れているのだと自分に言い聞かせた。
けれど翌日、三〇七号室で「今日はここまでにするか」と口にしたときも、壁の向こうで、「はい、おかえりなさい」と返った。
古い団地には、声が残ることがあるのかもしれない。
そう言ったのは、現場責任者の沼田だった。煙草をくわえたまま、彼は笑いもせずに言った。
「前にもあったよ。誰もいない部屋からテレビの音がするって騒ぎ。結局、隣の棟の音が風で回ってきてただけだ」
「でも、返事なんです」
「返事に聞こえるだけだろ」
そうかもしれない。そうでなければ困る。
それでも私は三日目の夕方、三〇七号室の畳に座って、わざと壁に向かって話しかけてみた。
「誰か、いますか」
しばらく間があり、向こうで衣擦れの気配がした。耳を近づけると、ひどく近いところで、女が囁いた。
「いますよ」
若くも老いてもいない声だった。湿り気のある、静かな声。聞いたことがある、とその瞬間に思った。だが、どこで聞いたのかだけが、どうしても掴めない。
「三〇八号室の人ですか」
「ちがいます」
「じゃあ、どこに」
「あなたの隣に」
私は飛びのくように立ち上がった。背中が襖に当たり、乾いた音を立てた。それきり声はしなかった。
帰り道、エレベーターのない階段を下りながら、私はふいに、自分が幼いころこの団地に来たことがあるような気がした。母に手を引かれ、夕暮れの廊下を歩いた。遠くで味噌汁の匂いがして、どこかの家から子どもの笑い声がする。記憶とも想像ともつかない、薄い映像だった。
母は、私が小学二年のときに死んだ。病室の匂いと、白い指の細さだけを覚えている。それ以外のことは、驚くほど曖昧だ。母がどんな声で私を呼んでいたか、もう思い出せない。
四日目、私は市役所の古い居住台帳を見せてもらった。五号棟三〇七号室と三〇八号室の記録を遡ると、二十五年前、三〇七号室の入居者欄に見覚えのある苗字があった。私の旧姓だった。
手のひらが冷たくなった。
記録によれば、三〇七号室には当時、母と私が住んでいた。父はすでに別居。入居期間はわずか一年半で、そのあと退去とある。理由の欄は空白だった。
職員に頼んで、さらに古い事故記録を探してもらった。黄ばんだファイルの一枚目に、簡単な報告が挟まっていた。
「五号棟三〇八号室 入居者女性、病死。発見遅れあり。隣室の幼児が壁越しに会話していたとの近隣証言あり」
文字が、妙に整って見えた。
その日の夕方、私は一人で三〇七号室へ行った。仕事ではなかった。廊下は長く、冬でもないのに、息が白く見えた。部屋に入ると、夕日が障子の桟を赤く透かし、畳のうえに細い影をいくつも落としていた。
私は壁の前に座った。
「あなたは、三〇八の人ですか」
すぐに返事が来た。
「ええ」
「昔、私はここに住んでいたんですね」
「よく、お話ししてくれました」
胸の奥に、古い鍵穴がひらくような感じがした。母が忙しく働いて、帰りが遅かったこと。私は壁に向かってその日のことを喋っていたこと。壁の向こうの女が、毎晩「それはよかったですね」と返してくれたこと。熱を出した夜、母が帰らず、私は泣きながら壁を叩いたこと。
「そのあと、どうなったんですか」
しばらく沈黙があり、壁の向こうで、ごく小さく笑う気配がした。
「あなたが、こちらへ来ようとしたのです」
「……え」
「寂しいからって。壁の向こうなら、ずっとお話しできるって」
畳に置いた手が震えた。知らないはずの記憶が、濡れた紙のように指先へ貼りついてくる。押入れの隅から金槌を持ち出したこと。壁紙の継ぎ目を爪で剥がしたこと。薄いベニヤ板に小さな穴を開け、暗い向こう側を覗いたこと。
穴の縁に、白い指が見えた。
私は目を固く閉じた。次に思い出したのは、母の悲鳴だった。帰宅した母が私を抱き上げ、泣きながら部屋を飛び出した。階段を駆け下りる振動。私の耳元で何度も「返事しちゃだめ」と言う母の声。
壁の向こうで、女がやさしく言った。
「でも、あなたはまた来ました」
「仕事で来ただけだ」
「そうでしょうか」
私は立ち上がった。帰ろうと思った。だが玄関へ向かったはずなのに、気づくと壁の前へ戻っている。畳の縁が、ぐるりと輪になっているように見えた。部屋は静かで、外の音がひとつもしない。壁紙の古い染みだけが、じっとこちらを見ていた。
「母は、どうしてあの部屋のことを言わなかった」
「言えなかったのです」
「なぜ」
「あなたが、何度も返事をしたから」
壁の向こうで、ことりと茶碗を置くような音がした。ありえないのに、隣室では夕飯の支度が始まっているのだと分かった。味噌の湯気、焼き魚の皮のはぜる匂い、古い蛍光灯の白さ。団地で暮らしていたころの夜が、壁の向こうにだけ、まだ続いている。
「おなかがすいたでしょう」
その声は、もう三〇八号室の女のものではなかった。
母の声だった。
私は喉の奥で何かが軋むのを感じた。思い出せなかったはずの声。ずっと忘れていた、私を呼ぶ低い声。胸が痛むほど懐かしくて、足が勝手に壁へ近づいた。壁紙の継ぎ目が、細く口をひらく。そこから台所の明かりが漏れている。向こうで母が、振り向かずに味噌汁をよそっている気がした。
「ただいまって、言ってください」
私は唇を噛んだ。言えば終わる、と分かっていた。何が終わるのかは分からない。ただ、もうこちらの部屋には戻れない気がした。
廊下の遠くで、誰かが私を呼んだ。現場責任者の沼田の声だったのかもしれない。けれどそれはひどく遠く、風に削られた紙のように頼りなかった。
壁の向こうで、母が、あるいは母の声をした何かが、静かに待っていた。
私は両手を壁についた。ベニヤ板は驚くほど柔らかく、冬の皮膚のように少し湿っていた。向こう側からも、同じ位置に掌が触れたのが分かった。指の形がぴたりと重なる。
それでも私は、「ただいま」とは言わなかった。
代わりに、子どものころ一度だけ教えられ、その意味も知らずに覚えていた言葉を口にした。
「返事は、しません」
すると壁の向こうの気配が、ふっと遠のいた。食卓の匂いも灯りも、音も、ひと息で消える蝋燭のように失われた。私はその場に崩れ落ち、しばらく動けなかった。
翌週、五号棟の解体が始まった。
三〇七号室と三〇八号室の境の壁からは、昔いちど補修したらしい小さな穴が見つかったという。私は立ち会わなかった。報告書にも、それ以上のことは書かれないだろう。
ただ、いまでもときどき、独りで夕飯を食べていると、台所の背後で「おかえりなさい」と小さく言う声がする。振り向かなければ、たいていは一度でやむ。
返事をすると、そこがどこになるのか、まだ分からないからだ。