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短編

夜間発車

深夜、無人の駅で最終電車を待っていた男が乗ったのは、記憶の中にしか存在しないはずの電車だった。

Genre
ホラー
Series
単発
#電車#深夜#記憶

終電が近づく時間、石田翔太は人気のない郊外の小さな駅、飯塚駅のホームに一人で立っていた。スマートフォンの画面には22時58分発の最終電車と表示されている。辺りは静まり返り、照明の下には小さな虫が飛び回っているだけ。寒さも相まって、足元から不安が這い上がってくるようだった。

翔太は実家から都内のアパートに戻る途中だった。今日は父の三回忌で、親戚が集まっていた。父を亡くしてからというもの、実家に帰るたびに時間が止まったような感覚に襲われる。だが今夜は特に、何かが違っていた。

アナウンスもなく、ホームのスピーカーからはただ微かなノイズ音が聞こえるだけだった。スマホの画面を見ると、もう23時を回っている。「おかしいな……」と呟いたそのとき、遠くからガタガタという音が聞こえてきた。踏切の音は鳴らず、警告灯も光らない。ただ、線路の向こうからゆっくりと電車が近づいてきた。

やがて目の前に現れた電車は、どこか古びた車両だった。色褪せたクリーム色の車体に赤いライン、窓は煤けており、車内の灯りも薄暗い。ドアが音もなく開いた。誰も降りてこない。運転士の姿も見えない。

翔太は戸惑いながらも、寒さと不安から逃れるように電車に乗り込んだ。中には誰もいなかった。シートに腰を下ろすと、ドアが閉まり、静かに電車は走り出した。

外の景色は黒い布で覆われたように何も見えなかった。駅名表示板も、街灯も、何もかもがなかった。車内の案内表示は「回送」とだけ表示されている。

数分後、不意に向かいの座席に人影が現れた。白髪交じりの中年男性。どこかで見た顔だと思った瞬間、翔太の心臓が跳ねた。

――父だ。

「……なんで……?」

思わず声が漏れると、父は静かに口を開いた。

「お前、覚えてるか? あの夜のことを」

翔太の脳裏に、ある夜の記憶が甦った。高校三年の冬、父と喧嘩をして家を飛び出し、無人駅で終電を待っていた夜。あのときも、こうして寒いホームで一人、電車を待っていた。

だが、その夜、電車は来なかったはずだった。朝になって母に迎えに来てもらい、駅から家に戻った。父とはその後、あまり口をきかないまま、事故で亡くなってしまった。

「お前は、来なかったんだ」

父の声が、冷たい風のように響いた。

「俺は、待ってたんだ。あの電車に乗って、一緒に帰れると思って」

翔太は震えながら立ち上がった。ドアを開けようとしても開かない。窓の外には、真っ暗な景色の中に、ぽつんと照らされた飯塚駅のホームが見える。

「戻れるうちに、戻れ」

父の声が遠のいた瞬間、ガタンと車両が大きく揺れた。気づくと翔太は、ホームのベンチに座っていた。スマホの画面を見ると、23時02分。最終電車が、ヘッドライトを光らせてホームに滑り込んでくるところだった。

さっきまで乗っていた電車は、もうどこにもなかった。風が止み、虫の羽音だけが耳に残る。

電車に乗り込むと、車内には人がいた。みな疲れた顔でスマホを見つめている。どこか、現実に戻ってきた気がした。

けれど、ふと窓に映る自分の背後に、見覚えのある白髪交じりの男の顔が一瞬映った気がした。

翔太は、窓から目をそらした。