短編
歪み画面
夜中にプレイした古いゲームの画面に現れた“違和感”が、現実を侵食していく。
日曜の深夜、大学のレポートから逃げるようにして、尚人は昔ハマっていたPS2のホラーゲームを押し入れから引っ張り出してきた。
タイトルは『影巣(カゲノス)』。2003年に発売されたマイナーな作品で、ネットでもあまり話題にはならなかったが、独特の雰囲気と陰鬱なストーリーが記憶に残っていた。
古いブラウン管テレビに接続し、電源を入れる。ざらついたローディング画面と、無音のタイトル画面が現れる。
「なつかしいな……」
セーブデータは残っておらず、新しくゲームを開始する。最初の村の廃屋を歩き回るうちに、尚人は奇妙な“違和感”に気づいた。
――画面の端に、何かいる。
影のようなものが、一瞬だけ左上の隅を通り過ぎる。それは決してキャラクターではない。何も操作していない時に、勝手に現れては消えていく。
「あれ、こんなのあったっけ……?」
初期のバグかとも思ったが、ネットで調べても似たような報告は見つからない。しかも、プレイを進めるにつれて、その“影”は徐々に明瞭になってきた。
はじめはぼやけた形だったのが、次第に人の輪郭を持ち、そして――女の顔が、カメラに向かってじっとこちらを見つめてくる。
ゲーム内の演出ではない。絶対に。
あるセーブポイントを通過したとき、テレビが一瞬ブラックアウトし、再点灯した画面には、本来のUIでは存在しないはずの“メニュー”が表示されていた。
> 影ノ選択
> - 戻ル
> - 応ジル
> - 見ナカッタコトニスル
「なんだこれ……」
尚人は怖くなって、すぐに「戻ル」を選んだ。画面は再び元のプレイ画面に戻り、何事もなかったかのように進行を再開する。
が、どこかがおかしい。
主人公が移動する村の風景の中に、現実にはなかったはずの場所が現れていた。ボロボロの民家の一角、壁の隙間からこちらを覗く女の顔。それは間違いなく、先ほど“影”として現れた女だった。
そしてその瞬間、ブラウン管の画面が突然揺れ始め、ノイズが走る。
テレビのスピーカーから、かすれた声が漏れた。
「……イマ……みてるの、ダレ……?」
慌てて電源を切ったが、画面は消えない。
電源コードを引き抜いても、なお画面は映り続けている。
女の顔が、こちらをじっと見つめている。口元が、微かに動いた。
「……次は、ここ……」
尚人は恐怖で後ずさった。背後の部屋の電気が、パチンと勝手に消える。スマホを手に取ろうとしたとき、画面が勝手に点灯した。
そこには、ゲーム画面と同じ女の顔が映っていた。
震える指でスマホを投げ捨てる。そのとき、玄関のチャイムが鳴った。
午前2時14分。
インターホンのモニターに映ったのは、誰もいない夜の廊下。
……いや、違う。よく見ると、モニターの端に、女の髪の毛の一部が、少しだけ映り込んでいた。
尚人がその後どうなったのかは、わからない。ただ、彼の部屋にあったテレビとゲーム機は、画面が割れたまま、通電し続けていたという。
そして、彼のプレイ動画がいつの間にかYouTubeにアップされていた。投稿者名は「影巣」。
その動画のコメント欄には、奇妙な報告が並ぶ。
「この動画、夜中にだけ女の顔が浮かぶ」
「再生したら、家のインターホン鳴ったんだけど」
「“応ジル”を選んだら……戻れない」
あなたの画面にも、もし“影”が映ったなら――決して、目を合わせてはいけない。